映画「糸」レビュー

瀬々敬久監督が王道のすれ違い恋愛映画を撮った。これまで不穏な空気が漂う人間の孤独や暴力を描く犯罪人間ドラマの映画を得意としてきた瀬々監督がめずらしく恋愛映画である。それにしても豪華キャストである。菅田将暉と小松菜奈がいい。榮倉奈々がいい。倍賞美津子がいい。斎藤工も出ているし、成田凌も二階堂ふみも出ている。中島みゆきの名曲に乗せて、すれ違う人間のドラマ、運命の糸というテーマが、しっかりとまとまった見ごたえのある映画になっている。

恋愛映画の基本は、枷とすれ違いである。身分の枷、戦争の枷、病気の枷、結婚という制度や世間体や社会の枷。様々な制約=枷が二人の愛を阻む。そして時代や時間がさらに二人の出会いを阻み、なかなか結ばれぬ恋は人々をハラハラさせる。待ち合わせ場所に来ない、ちょっとしたアクシデントですれ違う。運命のズレ。そして死。時に蘇えりや幽霊のような時間の限界を超えて、SF的ファンタジーとして出会う恋愛映画もある。しかし、現代において身分や戦争や社会の枷はなくなり、せいぜい病気や死が枷として使われることが多くなった。さらに携帯電話の発達が、すれ違いを成立させられなくなった。電話やメールでいつでも連絡が取れ、出会える時代になった。携帯を失くすとか、電源を入れないとか、様々な小細工を使わなければ、すれ違いのドラマは作りづらくなった。だから恋愛映画は現代においては難しい。SF的なものか、病気ものか、軽いタッチのものしか作れなくなった。

この時代ですれ違い恋愛を描くには、携帯やスマホで連絡を取らないようにするしかない。この映画の二人は、出会いと別れに運命を感じる二人なので、別れる時も連絡先を交換しないという禁じ手を使っている。会う時はいつか会える。会えなければ、それもまた運命だ。そんな割り切りが二人にはある。だから、タイミングがすれ違う男女のもどかしさが、それほど不自然ではなく描ける。それぞれの人生は、必死で、懸命で、誠実なため、見ていて共感できる。出会うためには、それぞれがしっかりと自分たちの人生を受け止める必要があった。それで、出会えなかったとしても、それもまた人生だ。そんな運命をしっかりと受け止めて生きる人間ドラマになっている。

榮倉奈々が子供に伝えた「泣いている人がいたら、抱きしめてあげなさい。そんな人になりなさい。」という教えがいい。そばに泣いてる人がいれば、声をかけ、抱きしめてあげること、そんな大切な優しさが心に沁みる。小松菜奈がシンガポールでかつ丼を食べる場面が素晴らしい。食べることが生きることと密接に繋がっている。中島みゆきの「ファイト」もまた効果的に使われている(最近のNHKドラマ「不要不急の銀河」又吉直樹脚本でも中島みゆきの歌「ファイト」が使われていた)。やはり中島みゆきの歌には歌詞の力があり、ドラマがあるからなのだろう。

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