演劇『ケダモノ』レビュー 閉塞的イライラの暴発

久しぶりに演劇レビューを書く。これだけのキャスティングとクオリティの演劇を観るのは久しぶりだからだ。

作・演出の赤堀雅秋は、劇団「THE SHAMPOO HAT」で作・演出を手がける演劇人だが、私は彼の演劇舞台を観るのは初めてだ。映画作品でいずれも自らの舞台の映画化したもの、『その夜の侍』、『葛城事件』の2作品を観ており、どちらもすさまじい迫力のヘビーな映画であった。特に『葛城事件』は、家庭崩壊の救いのない映画で、暴力的な父権性、人間の弱さや悪や毒を描いていた。今回の演劇作品も、ヘビーなのだろうと分かっていたが、なんと言っても役者たちのキャスティングが素晴らしく魅力的なのだ。大森南朋、門脇麦、荒川良々、あめくみちこ、田中哲司・・・と今、輝いている芸達者な役者たちが揃っていて、それを札幌でやってくれるのだから、見逃すわけにはいかないだろう。

さて、オープニングは田舎の冴えないリサイクルショップを営む大森南朋のところに、なにやらチャラい奇妙で派手な男、田中哲司がやって来て、「宇宙の果て」について語り出すところから始まる。無限に膨張する宇宙の彼方にあるかもしれない開かれた世界の「宇宙の果て」の考え方と、閉じられた宇宙、つまり「宇宙の果てのゴールはスタートでもある」という堂々巡りの「宇宙の果て」についての考え方についてまくし立てる。結局は堂々巡りのように、このくたびれたリサイクルショップに集まってきた男たち。

車のキーの使い方やエンジン音などは、音の表現がまず面白い。さらに鹿を撃つ猟銃の音が聞こえてくる。畑の野菜を食い荒らす害獣としての鹿、その被害に遭った農家の主人の自殺。さらに、リサイクルショップの男たちは、オリンピック選手村でコンドームを配っていた噂話から、破廉恥な想像を繰り広げ、下世話な各国のアスリートたちのセックス話で盛り上がっている。

この舞台は、金に困っていたり、人生がずっと上手くいかなかったり、フィリピン人の母と日本人の父をもつ無国籍のキャバクラ嬢(門脇麦)や、父親の介護で疲れ果てている中年女ばばぁ(あめくみちこ)など、不満や鬱憤を抱えている人間たちばかりが登場する。それがコロナ禍でさらに息が詰まり、そんな今の閉塞的な空気を舞台に反映させている。特に幼少期に特殊学級で育ち、発達障害的な奇行を繰り返し、相撲部屋に入るも挫折し、六本木のクラブで用心棒のようなことをやっていた男、何をやっても続かない中途半端な人生を歩んでいる荒川良々のイライラ感が、舞台の空気を張り詰めさせる。さらに、大袈裟にリアクションしたり、いつも大騒ぎな感じがイラつかせる清水優の芝居もアクセントになっている。そんなそれぞれのイライラや憤懣が、風船が膨らんでいくように空気が張り詰めていく。それに、大森南朋が持ち歩く猟銃が、一触即発の緊迫感を高めていく。

個人的には、田中哲司がジャン=リュック・ゴダール好きの映画プロデューサーの設定で、『勝手にしやがれ』の台詞をしゃべりまくり、『はなればなれに』のアンナ・カリーナと一緒に3人でカフェで踊るダンスを、田中哲司、大森南朋、門脇麦が踊るシーンは堪えられない嬉しさだった。あのダンスシーンは本当にチャーミングで素敵なシーンです。それを舞台で再演してくれたのがなんとも嬉しかった。

暗転後の独特の民族的な音楽を入れながら、リサイクルショップ、キャバクラ店内、あめくみちこの家の居間、夜の森などの舞台転換が見事だ。特に、いきなり大森南朋が猟銃持っていて、若い店員の清水優が縛られている夜の森の場面の緊迫感は素晴らしい。車のライトの光と闇を効果的に使いながら、殺人事件が起きそうな緊張感が最後まで続く。

あめくみちこの荒川良々への唐突なキスには驚いたが、花火の待ち合わせの公園の芝居では尋常ではない怖さを感じさせ、ラストの狂気へとつながっていく。全身整形したいというキャバクラ嬢(新井郁)の不安定さの演出も効果的だった。花火の音はあえて聞かせず、大森南朋の声による花火の音が猟銃の音にも重なりあい、不安を煽る。

登場人物の誰もが、何かしらの不安や不満、イライラや行き詰まりを抱えており、そんなそれぞれの閉塞感と、突然の大金と唐突な愛欲も絡んできて、ラストの暴発へと至る。どこで誰が暴発してもおかしくないピリピリ感。そんな不穏な空気のまま、あめくみちこの殺人だけで終わらせる方法もあったと思うが、猟師の赤堀雅秋も乱入し、呆気ないほどの壮絶な死の連鎖で終わる。それはまるで『勝手にしやがれ』の唐突な無意味な死のようだ。堂々巡りで行き詰まり、大金と愛を手に入れたかと思ったら裏切られ、ゴールはスタートのように、冴えない吹きだまりのリサイクルショップで終わる。一人、門脇麦のみがタフな強さを見せる。


作・演出:赤堀雅秋
美術:土岐研一
照明:佐藤啓
音響:田上篤志
キャスト:大森南朋、門脇麦、荒川良々、あめくみちこ、清水優、新井郁、赤堀雅秋、田中哲司
2022年5月14日
かでるホール(札幌)

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