#136 パラダイムシフト・スクラップ(3)

ウエイトレスが料理を運んできた。

「こちらが本日のアンティパストのプロシュットと三種のチーズになります」

イタリア産プロシュットと、モッツァレラチーズ・ペコリーノ・ナチュラルチーズにクルミの入りのパンが添えられていた。

二人はチーズ食べながらグラスワインで乾杯した。

「このくそったれな世界に祝福を」

明美はグラスワインを持ち上げそういった。彼女たちのいつもの合言葉でもあった。

口いっぱいに広がるチーズの風味をワインで中和しながら他愛のない会話が続いた。

「そういえば桜子に聞きたいことがあったんだ」

「どうしたのまた改まって・・・」
桜子はグラスに注がれたワインをぐるぐると回しながら言った。

「わたし今好きな人がいて、将来的に結婚してその人と一緒に生活をしていることを想像してみたんだけど、まったくリアルな映像が思い浮かばないんだよね。だから、桜子に結婚生活って実際のとこどうなのよって思って」

明美はそう言うと、クルミ入りのパンをちぎり口に運び、チーズをひとかじりした。

「結婚生活っていわれても、特にかわったことなんかないよ。1人で暮らしていたのが二人になって、子どもが生まれて3人になったくらいだよ」

「そっか・・・。そういうもんだよね。環境の変化って、起こったそのときは違いに違和感を覚えて四苦八苦するけど、しばらくするとその変化も当たり前になって変化したこと自体忘れてしまうのよね。そうやって嫌なことも良いこともなかったことにするんだろうね」

桜子にはなんとも神妙に聞こえた。確かに、自分は今の自分に不満はない。それでも、今の自分は数えきれないくらいの取捨選択の結果であってその選択の一つ一つに真摯に向き合ってきたと思う。

だから、忘れてしまったようにあったことがなかったことになっているわけではないと感じた。それでも明美の言う通り、変化に順応することで痛みを回避してきたのかもしれない。だとしたらわたしは何に逃げずに立ち向かうべきだったのだろうと思った。

ウエイトレスが真鯛のカルパッチョをテーブルに運んできた。透明な青いガラス皿の上に透き通るような真鯛の切り身が置かれオリーブオイルとレモン汁・ケッパーが彩を添えていた。

「桜子ってさ、今しあわせ?」

「まあまあかな」

「まあまあか。この真鯛のカルパッチョのように美味しい人生がいいな」

「ちょっと、意味不明なんですけど」

「だよね」

そう言って明美は笑った。



つづく


最後まで読んでいただきありがとうございます。この物語は毎週金曜日に更新していきます。気になる方は、継続して読んでいただけると嬉しいです。


毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますので、よろしくお願いします。
no.136.2022.9.16

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