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日本人の3割の羊(2)

それではまずはじめに紹介したいのは、某金属加工工場で働く高橋さんだ。(事実ではあるが個人のプライバシーもあるのでここでは企業名や個人の名前は仮名としておくこととする)

以前私が取引業者である某金属加工工場に勤務している高橋さんに打ち合わせの間に自社に持ち帰るためのパイプを用意しておいてもらおうと「高橋さん、このパイプ753で切断してもらえます?」とお願いすると「すいません、私は数字が読めないんですよ。これに赤マジックで印をつけてもらえます。」とスケール(金属製定規)を差し出された。義務教育を受けた人達なら間違いなく読めるであろう数字が読めない。これは、現代においてはとても重大な欠陥であるが高橋さんは一切気にするそぶりもなく笑った。私は言われたとおりにスケールに赤マジックで印をつけて切断してもらった。

そこで私は会社の関係者に高橋さんは数字が読めないのに仕事に差し支えないの?と聞くと「問題ありません、高橋さんには高橋さんにできることだけをやっていただいていますから。」と従業員も笑った。聞くことによると、高橋さんにできることは単純作業で、持つ、押さえる、運ぶ、切断する(印の位置を切る)という補助的な作業だ。

我々の業界では何かを製作するのに毎回違う図面を必要とし毎回材料も異なる、云わば一点もの製作品だ。それらは様々な公共施設や個人邸などの一部で使われるフェンス・階段・梯子・庇・鉄製下地など多岐にわたる。そのような作業を行うときに一人では生産性が乏しい。簡単に説明すると重い物は一人で持てない、大きなものは一人で持てないなどだ。そこで2~3人を一組として共同で製作する。組織の最小人数は2であるようにリーダーとフォロワーに分担される。おわかりだと思うが組織は複数であるが一個体として動けることが望ましい。生産性を高めるうえでは尚のことである。

ここでこの会社にはグループは3つあり、高橋さんを含むグループA(高橋と田中)、グループB(佐藤と岸)、グループC(上野と鈴木)と、二人組のグループが3組いる。毎回同じ組み合わせで仕事が行われていることだ。そこで同一作業を行った場合、仕事の生産性はどのグループが高い?と確認したところ、高橋さんのグループがは2番目だという。ちなみに順番はこうだ。①B②A③C。私は単純作業しかできない高橋さんがいるグループAは一番生産性が低いと当初思っていた。結果を知ったときに、知的水準の優劣以外の因子が生産性に寄与していると感じた。そこで、A~Cのグループの仕事をそれとなく観察していると、あることに気がついた。

それは、グループAは田中が図面を読み施工方法を考え自分で施工しながら高橋さんにできることを指示していた。グループBは佐藤と岸がそれぞれ図面を読み施工方法を考え、分担できる手順をそれぞれがここで行い必要な所だけ共同作業を行っていた。そして、グループCは図面を上野と鈴木で一緒に読み多くの作業を共同作業で行っていた。

おわかりだろうか。グループAはリーダーとフォロワー。グループBはリーダーとリーダー。グループCはフォロワーとフォロワー(この場合どちらも主導的ではないという意)。正式にはリーダーもフォロワーになるしフォロワーもリーダーの役割をしている。

だが高橋さんのいるグループAはcよりも生産性が高い。それは、高橋さんは単純作業であるフォロワーにしかなれないが優秀なフォロワーであることを示している。優秀なリーダーのもとで働けば生産性貢献できるということだ。ちなみにグループCはごく一般的な知的水準を持っている。だからといって優秀なリーダー二人のグループには生産性で勝っていないのも事実である。しかし、リーダーというものは基本主導的に動くのでリーダー同士がぶつかりやすくうまくいかないこともある。今回のケースでは柔軟性のあるリーダー同士だったのでうまくいったが、うまくいってないケースをたぶんに私は目の当たりにしてきた。

そしてこの高橋さんは不満を口にしたことがないし、人が飽きてしまう単純作業をもくもくとやることができる。この会社の人達は高橋さんを数字が読めないから自分より下に見ている人が多い。そんなことを高橋さんは気にしない。笑っている。「私は皆さんみたいに色々なことは出来ないですから。」と。この工場内は基本作業員6人で基本わいわい仕事をしている。でも、その暖かな環境を作り出しているのが高橋さんだということは皆知らない。

組織には必然的に下の役割をさせられる人が少なからず存在する。ガテン系の会社ならほぼ100%に近い確率でいる。彼ら多くの人になじられながらも愛されている。しかし、自分が有能だと思う人間はなじられるのをひどく嫌う。それは自尊心が傷つけられるからだ。しかしそういう人間の多くは人を無作為に傷つける。それでも高橋さんはそんな損な役回りを不平も言わずやってくれる。

日本人の3割の羊である高橋さんは今日もみんなを幸せにしている。

(3)に続く

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