第36回:日本のハラールトラベル2.0

2022年6月29日掲載

先日、今年の「GMTI(グローバル・ムスリムトラベル・インデックス ※1)」が発表されました。ムスリム(イスラム教徒)に優しい「ムスリムフレンドリー」な旅行先をランキングするこのインデックスは、世界138の国と地域を対象にしています。昨年は新型コロナウイルス禍の中で2年振りに発表され、それまでランキング上昇を続けていた日本が初めてランクを落としたことが話題になりました。そこで今回は、このインデックスからいよいよ再始動を始めたムスリム旅行市場について考察します。

■ムスリム旅行市場の最新トレンド

インデックスはランキングの発表だけではなく、ムスリム旅行市場の概況についても言及しています。昨年はコロナ禍の収束を見据えながら比較的楽観的な予測が立てられていましたが、今年はウクライナ戦争、資源高騰、猿痘などの新たなリスクによる影響を指摘し、予測は「難しい」としています。その前提で19年に1億6,000万人だったムスリム旅行者は20年と21年のコロナ禍を経て23年には1億4,000万人に、そして翌24年には19年と同じレベルに戻ると予測しています。そしてコロナ禍前に予測されていた「26年に2.3億人」は28年にずれ込むと予測しています。

今年のインデックスで強調されているのは、「ソーシャル・インパクト・アクティビティ」、「サステナビリティ」、「ミーニングフル・トラベル」です。それぞれ直訳すると「社会的影響力がある活動」、「持続可能性」、「意味をもつ旅行」です。コロナ禍を経て旅行者は単なる観光ではなく、旅先での体験を通じて外的にも内的にも影響を及ぼすような旅行を求めると言うのです。これはつまり、コロナ禍前の有名観光スポットを忙しく巡っていたスタイルとは大きく異なるもので、より精神性に関連するもので、事業者は理解と工夫が必要でしょう。

次に評価項目について見てみましょう。今年はムスリム旅行市場に関する50以上のデータが14項目に集約され、それが4つのカテゴリーにまとめられました。前回削除された2項目(ビザ、ユニークな体験)が復活し、1項目(サステナビリティ)が新たに対象になりました。その4カテゴリー14項目の内訳は、◇アクセス(配点10%: ビザ、接続生、交通インフラ)◇コミュニケーション(配点20%: 広報、コミュニケーション力、利害関係者の意識)◇環境(配点30%: 治安、信仰の自由、渡航者数、環境整備、サステナビリティ)◇サービス(配点40%: ハラールの飲食店、礼拝施設、ホテル、空港、ユニークな体験)――となっており、多くの項目はムスリム以外の旅行者にも重視される内容になっています。

■日本は1ランクアップ

さてランキングですが、日本が属するイスラム協力機構(OIC ※2)非加盟国ランキングと、全世界が対象のグローバルランキングについて見てみましょう。まず日本ですが、OIC非加盟国ランキングで6位でした。昨年日本は13年(23位)以降で初めてランクダウンしたのですが、今年は踏みとどまりランクを一つ上げました。とは言え19年は3位だったのですから、まだ上位5ヵ国とは差があると言えるでしょう。近年躍進し続けている台湾は15年以来日本と抜きつ抜かれつの競争を繰り返してきましたが、今年も日本を引き離し初の単独2位を獲得しています。

OIC非加盟国ランキングの首位はシンガポールで、13年のインデックス発表以来の首位を堅持しています。今年もOIC非加盟国で唯一グローバルランキングトップ10(9位)に入っており、コロナ禍を経てもなお高い評価を得ています。ムスリムトラベル市場において日本が参考とすべきシンガポールですが、特に「サービス」「コミュニケーション」面で日本を大きく上回っています。


一方グローバルランキングの首位はマレーシアです。例年インドネシア、トルコ、サウジアラビアと激しい首位争いを繰り広げていますが、今年も首位を獲得しました。各国は例年通りランキング発表後自国の順位を詳しく報道しており、マレーシアではナンシーシュクリ・マレーシア観光芸術文化省大臣が祝辞を述べ、コロナ禍明けのインバウンド再開に期待を込めていました。

■Z世代からミレニアル世代の女性旅行者がカギ

日本ではあまり知られていませんが、かつて女性のムスリムが一人で旅行するということは稀でした。女性は男性に守られるべき存在であり、一人旅は危険であるという考えがあったからです。もちろんこれは国や時代によって解釈が異なりますが、私の友人(40歳代のマレーシア人女性)からすると「昔は大反対された」ことがままあったようです。

それが今では珍しくなくなってきています。一人でふらりと旅に出て、思い思いのスタイルで旅を楽しむようになりました。日本国内でも20歳代のムスリム女性留学生が地方都市を巡っている姿を散見します。それもそのはずで、世界のムスリム20億人の70%は40歳未満でその45%は女性。Z世代(現在13〜19歳)からミレニアル世代(現在20〜38歳)の彼らは新しい価値感を持つ行動的な世代だからです。

ではインバウンド事業者はそうした旅行者のニーズにどう応えられるでしょうか。そのヒントとして、今年インデックスに新たに加わった評価項目があります。Good to Have (あれば、なお良い)として加わった「旅先での(ムスリム)体験」です。これは例えば、旅先にあるモスクを訪問したり、ムスリムのコミュニティと交流したり、自然の中での神秘的な体験をするといったアクティビティです。こうした旅先ならではの体験はムスリムに限らず望まれることですが、宗教的な観点からすれば、異国の同胞に会いたいもの。そうした機会を捉えて提供すればお客様の満足度は高まります。ましてや、日本はムスリムが少ない国ですからなおさらです。

 旅の醍醐味は「そこにいるから体験できること」ですが、ムスリムにとっては日本はそうした体験ができる貴重な旅先なのです。コロナ禍前のレストランやお祈りスペースの環境整備がハラールトラベル1.0であったとすれば、ユニークでスピリチュアルでサステナブルな体験が日本のハラールトラベル2.0と言えるかもしれません。

※1:Mastercard-Crescent Rating, Global Muslim Travel Index 2022
※2:Organization of Islamic Cooperation


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