第42回:人口減少の中でのインバウンド対応

2022年12月28日掲載

約2年半ぶりに本格再開となったインバウンド。訪日客もちらほら見かけるようになり、市場は徐々に回復しているように見えます。でも実は、現場は人手が足らずに大混乱しています。政府は2025年にインバウンドで新型コロナウイルス禍前の水準を目指す政策を打ち出しましたが、果たして可能なのでしょうか。今回は人手不足の中でのインバウンド対応について考察します。

■影響を受けやすい業界

私は今年夏から秋にかけて北海道から沖縄まで全国を巡る機会を得ました。行く先々で旅館、ホテル、飲食店を見て歩いたのですが、どこも人手不足は深刻でした。外出制限が緩和され、久しぶりに観光や食事を楽しもうと大勢の旅行者で賑わっていましたが、閉店していたり時短営業であったりといった店舗が多かったのです。聞くとどこも「人手が足りない。店を開けられない。」といった声。どうしてこんな事になっているのでしょうか。

まず、そもそも飲食業界は人材が定着しにくい業界であることが挙げられます。入職率は12.0%で離職率は15.6%。つまり入ってくる人よりも辞めていってしまう人の方が多いのです。他の産業の平均は入職率は8.5%で離職率は7.0%(「雇用動向調査・産業別の入職と離職<令和3年上半期>」厚生労働省)ですから、飲食業界は入ってきやすく辞めやすい業界であると言えるのです。

その原因は様々あります。立ち仕事が多い、長時間労働になりがち、繁忙期と閑散期の差が激しい。加えてコロナ禍になってからは感染リスクを敬遠するようになった、飲食業界の将来性に不安をもつようになった、そして決定的なのは「感染拡大すると真っ先に影響を受ける業界」との認識が根付いてしまったことです。

■日本だけではない世界共通の悩み

ではこうした人手不足は日本だけの悩みなのでしょうか。国連世界観光機関(UNWTO)のデータによれば、今年7月時点での海外旅行者の入国者数は、世界全体ではコロナ禍前の19年7月比で72%、米国では74%、欧州では84%まで戻ってきています。日本は5%でこの状況ですが、各国は急激な反動に対応できているのでしょうか。

図は世界と日本の人手不足感の推移を示しています。日本は過去10年、調査した企業の7%以上が人手不足を感じていましたが、世界は昨年から急激に人手不足を感じています。特筆すべきは米国で、昨年人手不足を感じた企業は32%でしたが、今年は74%に急増しています。高水準のインフレが続いている原因は需要拡大よりも人員不足によるところが大きく、同国の労働長官は「深刻な脅威」と述べています。

また同長官は「移民制度の見直しが必要。米国には全ての求人を埋められるだけの労働者がいない。」と踏み込んだ発言をしました。移民大国の米国が動き出せば、世界中で人材の獲得競争を激化させることになるかもしれません。

■日本のインバウンドが再興するには

翻って日本の人手不足は解消するのでしょうか。残念ながら先行きは暗いと言わざるを得ません。日本の生産年齢人口(15歳から65歳未満)は年々減少しており、60年には働く人と支える人の割合が逆転するとされます。それにも関わらず日本は移民政策には消極的です。観光客や留学生は迎え入れるけれども生活者としては迎え入れたくないのです。

確かに人手不足を補うための施策はあります。IT化による生産性の向上、シニア層の登用、環境改善による定着率の向上。そのどれも必要ですが、果たしてそれらで数十万人の人手不足をカバーできるのでしょうか。重要なのは、こうした状況は何十年も前から分かっていた、そして有効な打ち手を講じてこなかったということです。経済や政治とは異なり人口はおおむね正しく予測できます。その予測の上で戦略を講じていれば現状を変えられたかもしれません。

こうした環境下でのインバウンドは、二極化してゆくだろうと私は思います。ハイエンドかローエンドです。コロナ禍前のインバウンドはローエンドが主流でした。近隣諸国から年に何度も来日するものの消費額が少ない観光客を積極的に受け入れました。その結果、忙しいけれども儲からない事業者が続出したのです。

一方でハイエンドはどうか。この市場は日本にはまだ根付いていません。正しく申し上げると、対応できる事業者が少ないのです。しかしながら、世界的には大きく拡大している市場である上、日本への注目も高いです。なにせ「美食の国」「安全で清潔」「信頼できる」が日本への評価なのですから。人手不足の中でこうした層とどう向き合うのか。人手不足の中でどう稼ぐのかを考えると、インバウンド再興の鍵はこの点にあるのではないでしょうか。



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