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新たな仲間がジョインしました2


1998/06/22 誕生

ご挨拶


はじめまして。四ヶ所怜奈(シカショレイナ)と申します。
専門学校を卒業後、全く異なる人材業界へ就職。新卒から約3年数ヶ月勤め、IT業界の会社に転職しました。そしてこの度ご縁があり株式会社風土テックに入社いたしました。
こちらの記事では、私の自己紹介や入社の経緯などについて書かせていただきました。お読みいただけたら嬉しいです!

幼少期:妹


福岡県北九州市で4000グラムの巨大児としてこの世に生を受けます。幼い頃から好奇心旺盛で何でも挑戦することが好きな子でした。
その1年後妹が誕生し3姉妹の真ん中っ子で育ちますが、妹が脳腫瘍を発症し母は妹のお世話をするため病院に泊まり込みで看病をすることとなってしまいます。そのため毎週日曜日に父と姉と私で病院に行くのが日常でした。その際、母とお手紙交換をしていたのも想い出の1つです。(今でも全て大事に保管してあります)「今年の運動会、お遊戯会は見に来るね」と約束をしましたが妹の様態が急変し来れなくなったことが何回もありました。誰も悪いわけではない、来たかったはずだと当時の私は言い聞かせていました。そして妹が4歳の時に息を引き取りました。

幼いころから今も食べている地元のラーメン

学生時代:程よく頑張る子


今を振り返ると何事も程よく頑張っていた気がします。勉強やスポーツもずば抜けてできるわけではなく、真ん中よりは上ぐらいをキープしていました。友達も多く作ろうとはせず、誰とでも仲良く話すことができればいいかなと思っていました。揉め事にもあまり関わりたくなかったので距離を置いて観察(傍観者の1人)し大変だなと思うこともしばしば。勿論、長い学生生活で揉め事に巻き込まれてしまうこともあり、今だに絶縁状態の人もいます(相手は覚えているかはわかりませんが、出来事があってから1度も話していません)
ブライダルプランナーになる夢を叶えたくホテル科ブライダル専攻の専門学校に入学しました。プランニングや色の学習をはじめ、英語力を高めるため英語の勉強も頑張っていました。特にホテル/ブライダル企業見学ツアーは、一般の方が見ることのできない裏側を見せて頂いたり現役でお仕事をされている方からお話を聞いたりと、とても充実した時間を過ごせました。また、ホテル/ブライダル企業の実習では分からないことが多かったのですが、丁寧に教えていただけました。

ブライダル実習室/卒業制作

学生時代:留学&ワーキングホリデー
ニュージーランドにて約1年間の留学とワーキングホリデーを経験しました。英語が苦手だった私にとって最初は相手が何を言っているか分からない、頑張って話しているが伝わらないことの連続で辛い毎日でした。それでも自分から話しかけたり友達をつくったりしていき、徐々に会話ができるようになりました。振り返ると楽しいことより辛いことの方が多かったですが、経験してよかったと今でも心から思っています。

ニュージーランドでよく食べていたハンバーガー

就職活動


親や先生の反対を押しきってブライダルの専門学校から一般企業に就職を希望します。もちろん専卒/未経験で就職活動が上手くいくわけもなく、選考を受けた会社の人事担当から門前払いをされる毎日。「弊社のような会社の就職はあなたは難しい」「弊社のような会社はこういう会社に一旦就職して転職して来るべきだ」などたくさん言われました。それでも自分で決めた道だからとめげずに就職活動を続け、「君みたいな人を探していた、そういう積極的な人を求めていたんだ」という人材業界の会社に出会うことができ、入社を決意しました。この会社は高卒新卒の採用課題を解決するために求人媒体の運営やイベント活動を積極的に行っています。

前職:新卒時代


はるばる福岡から東京に上京をし心ウキウキで新生活をスタートしようとしていたとき、コロナが大流行しました。会社がリモートワークになり、休日は家とスーパーの往復、福岡にいる親や友達と電話をするという孤独な毎日を過ごしていました。一緒に入社した同期も会社の先行きが心配になり相次いで退職をしていきました。それでも自分のできることをコツコツと続けていき、社内賞を受賞をすることができました

前職:上司との出会い


社内賞を受賞できたが入社してから1度も仕事を楽しいと思ったことがなく、仕事だからと自分に言い聞かせ淡々とこなしていく日々を過ごしていました。そんな時、私の指導をしてくれていた上司が別の上司に変わりました。その上司との出会いが転機だったと思います。初めてディレクションという業務に触れ分からないことの連続だったのですが、丁寧に1つひとつ教えていただきハイスピードで全拠点をまとめる商材責任者までなることができました。仕事内容としては、パートナー企業様と営業の間に経ち双方の意見をまとめたり交渉をしたりしました。板挟みとなり苦しい思いをすることもありますが、双方がwin-winになるように日々試行錯誤をしていました。初めて仕事が楽しいと思え、ディレクションをもっとできるようになりたいと感じました。

前職:退職を決意


仕事は楽しいと思いずっと続けていきたいと思っていたのですが、残業が重なり体調不良になってしまいました。そのため上司より休職を求められてしまいました。一定期間会社を休み体調回復後にその会社に戻るという選択肢が私の中で存在しなく、休職をするぐらいなら転職をするという考えだったため退職を決意しました。

仕事帰りいつも同期とみていた東京タワー

風土テックの入社動機


その後、他の会社に1度は転職をしますが紆余曲折を経て某サイトにてディレクション求人を探していたところ、風土テックがヒットしました。HPを見ると社風や理念づくりなど会社のブランディングをしている会社だと知り、単純に面白そうだなと思いました。また1次面接のときに柴田さんと話し、私の話を面白そうに聞いてくれたのが印象的で風土テックのことをもっと知りたいなと感じました。その後、杉原さんとお会いし、話しやすいきれいなお姉さんという印象で一緒に仕事をしてみたいと思いました。また風土テックなら自分らしくいられそうだと感じたのも入社理由の1つです。

今後の展望


まずは自分のできることからコツコツとやっていき、お2人を支えたいと思っています。まだまだ挑戦していないことも多いため、新たな世界を切り開ける可能性も秘めていると思っています。いろんなことにチャレンジをしていき会社をもっともっと大きくできたら嬉しいです。また仕事をしていく中で困難にもぶつかることもあるでしょう。めげずに努力をし続けていきます。

社内で仕事をする私

最後に


ここまでお読みいただきありがとうございました。風土テックに出会えたご縁を大事にし、今後入ってくる仲間を快く迎えていきます。どんな方が来るのかとても楽しみです。






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