思考回路は「ショート寸前」だろうか


思考回路はショート寸前

 

ゴメンね 素直じゃなくて
夢の中なら云える
思考回路はショート寸前
今すぐ 会いたいよ

小田佳奈子「ムーンライト伝説」

上記引用は、おそらく多少世代が違う人でもなんとなく聞いたことがあるであろう、「美少女戦士セーラームーン」のOP曲である「ムーンライト伝説」の歌いだしの部分だ。歌詞の中に「思考回路はショート寸前」というフレーズが出てくるが、この部分はどのような状況を意味しているだろうか。多くの人は「恋に落ちた女の子が相手のことや色んなことを考えて頭が混乱してきてパニック状態になる一歩前」という情景を浮かべるのではないだろうか。「ムーンライト伝説」の影響あってのことかどうかは分からないが、「考え事や悩み事で頭にキャパシティを超えた負荷をかけた結果思考機能が停止するような状況」を指して「頭/思考/etc.がショートする」と表現するのは珍しくないように思える。

・ツイッターで「頭がショート」で検索した例
https://twitter.com/search?q=%22%E9%A0%AD%E3%81%8C%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%88%22&src=typed_query&f=top

 しかし、電子回路でいうところのショートは実は順番がこれとは逆で、「無理な負荷をかけることでショートが生じる」のではなく、「ショートが生じたことで無理な負荷が発生する」のである。にも拘わらずこの表現が定着している原因は、おそらく「ショート」という言葉が「電子機器の故障の指す別の言い方」と間違った認識をされていることが原因と思われる。
 「ショート」という言葉の理解が間違っているからと言って完全に慣用句として慣れ親しまれている表現をこれから変えていこうなどという考えは毛頭ない。ただ、このことをきっかけに電子回路でいう「ショート」が何なのか、ささやかな蘊蓄として述べていきたいと思う。

「ショート」とは何か

 まず「ショート」という言葉の意味を明確にしておく必要があるが、「ショート」は漢字単語にすると「短絡」で、Wikipediaの項目では以下のように記述されている。

ここで「低いインピーダンスで電気的に接続される」の部分は、厳密さを多少妥協すれば「直接つながっている」と読み替えても差し支えないだろう。要するに「ショート」とは単に「2点がつながっている状態」を意味する。実際回路の話題になったときは、2つの端子を「つなげる」「接続させる」の言い換えとして「ショートさせる」が用いられる。

とはいったものの、上記の用法で使われることは多くなく、日常生活で「ショート」と言う場合のほとんどは「つながってないはずの箇所が同士がつながっている」状態を指している。つながってないはずの箇所が同士がつながってしまうとどうなるか、部品が壊れる。

なぜショートすると壊れるのか

 本来つながってないはずの点同士をつなげたら壊れるというのは不思議なことではないが、何が起こって壊れるに至るのか、その過程についてここから述べたいと思う。ショートで部品が壊れる要因には電流に起因する場合と電圧に起因する場合がある。

電流に起因する場合

 生活の中で使う電源は通常一定の電圧を保つ働きをするものがほとんどで、例えば単三の乾電池は1.5Vだし、USB電源は5Vの電圧を出す。ここで重要なのは電源が出す電流は特定の値に決められておらず、そこにつながる回路の抵抗に応じて変わるということだ。そこで、もし電源のプラスのマイナスの間が何らかの理由でショート=非常に低い抵抗でつながってしまうと、電圧が一定で抵抗が小さくなったことで大きい電流が流れ、電圧*電流の式で求められる電力で熱が発生する。発熱で温度が上がるとケーブルが溶けたり、熱にさらされた部品が焼けたりして回路が壊れるわけである。漫画などで「頭がショートする」といって湯気が出たり爆発する表現がされるのはこの発熱の比喩表現だと思われる。
 分かりやすい例として電源のプラスとマイナスの間がショートするケースを上げたが、電気回路の中の各所は様々な別の電圧がかかってる状態になっているため、必ずしも電源のプラスとマイナスのショートのみが問題になるわけではない

電圧に起因する場合

 上で解説した大電流による発熱よりシンプルに回路が壊れることがある。我々が電化製品を使うとき電源は一カ所に決められた電圧の物をつなげるだけだが、実は電子回路に使われる部品、特にICは動作するために必要な電圧がそれぞれ異なり、許容する電圧を超えた電源を加えると壊れてしまう。それではどうやって様々な部品を一つの電源で動かしているかというと、製品の大本の電源の電圧を下げて各部品にあった電圧を作る回路が多数入っているからである。例えばESP32というマイコンは3.3Vで動作するように作られており電源電圧のAbsolute Maximum Rating(ICが故障する限界)は3.6Vだが、世の中で販売されているESP32の開発ボードはUSBの5V電源で動作できるようにボード上に5V電圧を受けて3.3Vを出力する部品を配置している。この開発ボードを動かしている時に、USBから給電される5VのピンとICにつながる3.3Vピンに金属ワイヤーなどが触れてショートするとどうなるか、過剰な電圧がかかったICは壊れて動作しなくなる。このようなケースでは電流で壊れるときのような激しい発熱や発光はなく静かに壊れることが多い。

「ショート=壊れる」ではない

 ここまでショートがどのようにして回路を壊すのかの仕組みについて述べたが、裏を返せばこれらの条件を満たさなければ回路は壊れないということになる。例えば電源アダプタに過電流防止機能がついていてショートしたら電流が遮断される仕組みになってたり、ショートした先の電圧が仕様上の限界を超えてないといった場合ではショートを起こしている原因を取り除けば再び正常に動作する。スマホを水に落としたとき電源を落として乾かせば蘇生できたりするのはこういう理屈である。

思考回路は「ショート中」

 「ショート」が何なのか、そしてなぜショートが起こると回路が壊れるのかについて解説したこれまでの内容を踏まえて「思考回路はショート寸前」の状況を考えてみると、これはショート「寸前」ではなくどちらかというと「真っ最中」ではないだろうか。これまで気にすることがなかった恋愛のことで頭を悩ませる=つながってないはずの点同士がつながる、いろんな考えや悩みがあふれ出て混乱する=過剰な電流が流れて発熱している、しまいにはパニックになって何も考えられなくなる=部品が焼けて動かなくなる、という風に対応させるとさほど違和感はない。そもそも、回路に負担をかけ過ぎて内部がショートするという状況がまず考えにくい(全くあり得ないことではないが状況が限定されすぎるので一般性に欠ける)。とはいえ一般的に「ショート」という言葉が使われる場面と言葉のニュアンスを考えるとこの歌では「ショート寸前」というフレーズが最も噛み合ってるように思える。

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