関東大会決勝S3、乾貞治の「1%でも勝率を上げられる」作戦について考察する

私は、関東立海S3が大好きなのだが、いくつか疑問に思っていることがある。

疑問1:なぜ乾はデータを捨てた「ふり」をしなければならなかったのか
疑問2:大事な幼馴染との、最後のしかも唯一の「あの時」の試合。それほどまで思い入れの強い試合の展開を、柳ほどのデータマンが忘れるのか。
疑問3:柳が、負けたのは「乾との友情」に入れ込んだからなのか。

なぜ乾貞治はデータを捨てた「ふり」をしなければならなかったのか

前提として、乾と柳の強さ(関東大会決勝時点)について次のように考察している。

  • 関東決勝S3の「勝率50%」は、あの試合展開だからこそのもの。もちろん勝負である限り、常にどちらも勝利の可能性はあるけれど、レーティングは、柳のほうが上。

  • 乾は、青学のレギュラー入りの境界線にいる(元青学No.3とはいえ)。一方、柳は、一年生から王者立海のレギュラーの中心メンバー。他のキャラとのパワーバランスを考えても、柳のほうが実力が上とみるのが妥当ではないか。

  • 試合後の乾の発言、「勝率はお互いに50%…次に勝つのは蓮二 お前かもしれない」について。あれは、事実の提示というよりは、乾から柳への宣戦布告と解釈している。

だからこそ、乾は、「1%でも勝率を上げられる要素」を考えて作戦をたてていた。そして乾が選んだのは、2段階の作戦。

作戦① データを捨てる
作戦② ①と並行して「あの時のデータ通り」の展開に柳を誘導する

もし仮に、柳が「乾との友情」だけで突き動かされる人間なのだったら、作戦は②だけでいいはずだ。でも、それだけではうまくいかないことを乾は知っていたのだろう。乾は、柳の「性格や手の内は熟知している(河村談)」上でこの作戦を選んでいる。

どうやら立海の部長は今日手術を受けるらしい(乾)

テニスの王子様25 Genius215

幸村の手術があることを青学のメンバーに伝えたのも乾。情報収集の過程で立海メンバーの絆が強いことも見えてくるはずだ。乾と柳がお互いにとって特別な幼馴染とはいえ、4年と2か月と15日も会っていない。一方、立海メンバーは、今、毎日、一緒に切磋琢磨しているチームメイト。さらに、幸村は今日が手術。あの日あの時だけは、幸村以上に優先される友情なんてないはず。「蓮二が俺のことを特別な友人だと思ってくれていたとしても、それだけでは油断や隙を見せてくれないはずだ」と乾は考えたのではないか。実際、柳は、作戦①の実行の直前「…教授」と呼びかけられたときも動揺を見せない。

(この場面、乾は、作戦①実行前に、過去を思い出させるトリガーを引いて、柳の反応を試したのではないか。そして、予想通り、柳は反応しなかった。)

だから、自分との友情に訴えかける以外にも、作戦が必要だった。それが①データを捨てること。私は、これには2つ意図があると考えている。

(a)柳が自分に失望し、油断するよう仕向けること
(b)「あの時の試合の再現」というもう一つの作戦を隠すこと

(a)について
ただ単に実力で劣っているだけでは、柳の油断を引き出すことはできない、と乾が思っていることが示唆されている。

思った通りだ…立海は我々青学の各個人の情報をしっかり把握して来ている
彼らには驕りも油断もない…(乾)

テニスの王子様23 Genius198

そこで、柳のデータマンとしての誇りに、つけこむことにした。乾は、柳の性格や手の内は熟知している。データテニスを教わった時に、柳がどれだけ自分のデータを信頼し大事にしているか知っているはずである。

だから、そのデータをないがしろにするふりをした。

データを捨てて、過去を凌駕する―――乾の「切り札」は、青学のメンバーや読者には非常に格好良く映る。しかし、柳にしてみれば、そもそも、乾のデータテニスを崩すことが目的のため、「データを捨てる」という行為は愚の骨頂。

柳君は乾のデータテニスそのものを崩そうとしている(不二周)

テニスの王子様25 Genius 211

データテニス対データテニスにおける、最も効果的な作戦はそのデータを何らかの方法で崩すことが最適であるということは随所で示唆されており、柳自身もそう考えている(以下全国大会のセリフ。柳のデータテニスに対する思想がうかがえる)。

自分のデータに疑心を一瞬でも抱いた時点でお前のデータテニスは終了した(全国決勝D2柳)

テニスの王子様40 Genius355


だから、柳は、データテニスというプレイスタイルを捨てた乾に失望する。

まだ分からないのか?
自分のプレイスタイルを捨てた時点で
お前の勝ちが潰えた事に!

テニスの王子様25 Genius 213

そして、自分の勝利を確信する。

これは推測でしかないが、柳の「データマンとしての自信」はこの時、最高潮。自分のデータ通りに試合が進んでいるだけではない。同じデータマンの乾は己のプレイスタイルを貫けず、「無様」な姿をさらしている。データマンとして、自分のほうが乾より優れている、そう確信したのではないか。

―――「あの時」の続きを執り行うまでもない。貞治よりも俺のほうが強い。

そんな風に考えたのではないか。

「あの時」の続きの開始

勝利を確信し、柳の自信が最高潮に高まり、自分への失望を向けたタイミングで、乾はもう一度トリガーを引く。

「…俺は絶対に負けない」

テニスの王子様24 Genius 210、 テニスの王子様25 Genius213

そして、柳は、今度こそ動揺した。データを捨てるという愚かな選択をとった、と見限ったはずの乾が、本当はデータを捨てていなかったから。それどころか、手の上で踊らされていたのは、自分のほうだったから。

このあとの柳のリアクションの解釈は、かなり分かれると思う。私は、自尊心を傷つけられ、ムキになって、冷静さを欠いてプレイをしていると解釈している。

データではなく、情熱で球を打ち合った柳君と乾選手。

『STRENGTH』 p.60

情熱と言えば、聞こえはいいけど、柳のテニスは冷静な分析こそが強みのはず。さっきまで、自分のプレイスタイルを捨てたものに勝利はないって言っていたのに………

博士と教授

面白い未だ発展途上中とは―――
何処まで進化し続けるのか貞治よ
だが俺とてこれで終わる訳にはいかない!

テニスの王子様25 Genius314

私は、このセリフで、柳と乾は同じ土俵に立った(=勝率50%)ことが示唆されているのではないか(上から目線感はぬぐえないが、まあ、それは愛嬌)と考えている。

そして長い長いタイブレイクに突入する。

作戦成功後、長期戦になることも、乾はある程度予測していたはずだ(自分の作戦が成功したところで、勝率は50%。ねじり合いになるのは予想できるのでは?)。

海堂に粘りや精神力を学んだんでね

テニスの王子様25 Genius215

自分が海堂をはじめとする青学の皆と培ってきたもの、全部を生かしてこの試合に臨んでいる。柳との過去も、青学との現在も、そして、手塚が帰ってきたときの未来も考えて、あのS3にのぞんでいる。


そしてそのタイブレイクの最後の最後、「あの時」の回想に入る。

一度心ゆくまで戦ってみたかったんだ…

テニスの王子様25 Genius214

この瞬間、柳は「教授」に戻っていた。そして、その一瞬のスキを突かれ、負ける。

「王者立海」の柳蓮二だからこその弱み

立海は、柳に限らず、自分のプレイスタイルに強い誇りを持っている(ジャッカルの持久戦、丸井のボレーetc…)。(脱線するが、幸村や真田が無我の境地を使えるにもかかわらず、使わないのもこれが関係していると思う。自分のプレイスタイルを放棄して、わざわざ誰かの技を利用するのがそこまで好きではないし、その必要もないくらい強いし。真田が仁王に対してややあたりが強いのもこのあたり関係ありそう。)

「データテニス」同士の勝負にして、柳のプライドにつけこもうという乾の作戦は、柳の性格だけではなくて、「王者立海」という学校の在り方も分析したうえで選んだ作戦なのかもしれない。というのも、プライドにつけこんで作戦に応じてもらおうというやり方は、S3だけではなく、D2でも採用されているからだ(海堂VSジャッカルの持久戦勝負)。乾が、事前に桃城や海堂に共有していたのかもしれない。相手の得意な戦い方で挑めば、プライドをもってそれに応えてくれるだろうと。

立海は、幸村との約束で強く結びついている。そして、それは、「無敗の掟」、「王者立海としての強さを誇示する」という形で実行されている。柳が、ただ単に、乾との友情に入れ込んだなら、それは幸村や立海メンバーとの友情に対する裏切りになる。でも、「王者立海の強さを誇示する」というプライドをもって、データテニス勝負に応じ、徹底的に乾を叩き潰そうとしていたと考えたらどうだろうか。プライドをもってやっているからこそ、それが傷ついた時の動揺も大きい。柳は、もとから自尊心は高そうだが、この時は、幸村との約束があるゆえに、より一層「強さ」と「王者立海としての誇り」に固執している。それを逆手に取って、乾は「データを捨てる」作戦を選び、柳の冷静さを奪い、そこで生じた一瞬の隙をついたのではないか。

まとめ

疑問1:なぜ乾はデータを捨てた「ふり」をしなければならなかったのか

(a)柳が自分に失望し、油断するよう仕向けるため
(b)あの時の試合の再現というもう一つの作戦を隠すため


疑問2:大事な幼馴染との、最後のしかも唯一の「あの時」の試合。それほどまで思い入れの強い試合の展開を、柳ほどのデータマンが忘れるのか。

正直、これは、上記の考察だけでは明確になっていない気がする。ただ、乾が失望と油断を引き出したことは、その一因ではあると思う。有力なのは、罪悪感で過去と向き合えず、思い出さないようにしていたという説だろうか…(乾は目に入るところに飾っているのに対して、柳はクローゼットの奥のお菓子の缶の中にしまっているの、すごい対比だよな…)。

疑問3:柳が、負けたのは「乾との友情」に入れ込んだからなのか

ぶっちゃけこれが、一番考えたかった事。以上の考察では、主に乾視点で考えたが、そもそも、柳はそれが味方であれ、敵であれ、コートの上に友情を持ち込むタイプではない(毛利とのダブルスも、断ってはいない。)と私は考えている。それに加えて、あの日あの時だけは、幸村以上に優先される友情なんてない。「コートの上では徹底した勝負師であること」と「幸村との強い友情があること」二重の鎧でその心はおおわれている。だから、柳が思わず「貞治との再会に入れ込み、精市との約束を忘れ、テニスを楽しんでしまった」わけではないと思っている。

柳の心が「教授」に戻り心の隙を見せたのは、乾が練りに練った「1%でも勝率を上げられる」作戦の結果。柳自身の思いの強さや弱さというより、乾の作戦が見事だったという風に私は考えている。

「無敗の掟」、「立海としてのプライド」の高さゆえに、それが傷つけられた時、冷静さを失った。そして、長い長いタイブレイクの果て、最後の最後に生じた「あの時の続きがしたい」という一瞬の心の隙を突かれた。そう考えれば、立海への思いの強さと、S3での柳の在り方は矛盾しない。

まあ、柳自身は、この時の試合について別のとらえ方をしていそうだが。なんというかこのS3は、乾、柳、真田、赤也、立海3年生、青学メンバー、そして、読者、みんな違った風に見えていると思う。そのとき何を考えていたかと、後になって振り返るのとでも思うことは違うし。考察していて、マジで解釈が難しいと思った。書いたそばから自分の考察に解釈違いおこす恐怖におびえてるもん。

いずれにせよ、貞治見事なり。自分の考察を言語化しながら、改めて乾の執念を感じた…。自分は立海推しだけど、これは青学の一勝目にふさわしい試合だよな…と思わされてしまった。


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