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旅に生きる~撮り溜め放出編~その19

有料記事ですが全部読めます。
投げ銭で目指せ北海道!そして理想は野垂れ死に


前回こちら


養蚕神社(郡山市舞木)
963-0662 福島県郡山市白岩町舘越

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みなさんはおかしいな?って思ったことありませんか?
地震は水害の時に逃げない人達。それどころかSNSに投稿しようとスマホを握りしめて見つかる遺体とか。

これを防災心理学で『正常性バイアス』と言うんだよーってあちこちで説明するようになって広まってきましたが、
実際に動けるかとはまた別です。

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例えば令和元年の水害で1m50cm浸水したわたしの家(会社)
わたしは今もいる仕事場でさっさと準備を終えて備えておりました。
しかし1人でやっていたのに対し、健常者が3人もいる会社には口酸っぱくちゃんと舐めないで大切なモノを逃がしておいて、と言って念を押して前日までちゃんと終えていると思っていました。

台風通過中、水害のつぶやきをしてましたが『自分の家族の無能さ』を舐めてました。

車多数水没・1台流されてぺしゃんこ、工具水没・流出、PC。
ぜんぶ逃がしておけるモノを逃がしてなかった。

あげく何をトチ狂っていたのか金庫に数百万入れっぱなしで流され、金庫は見つかりましたがもちろんお金は無かった(´(x)`)

立ち入り禁止寸前にモノを逃がそうとして水がやってきて何もできなかったって言う間抜けな話です。
わたしは「今回は水が上がるよ」って準備を促したのは2日前(´(x)`)

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東日本大震災の時に津波が起きても10以内に避難を開始しなかった人は無回答と不明をのぞいても31%もいます。
避難開始のきっかけは『大津波警報発令』が最多なのですが、『津波が見えたから』というのも多いのです。


今更ですが、ある程度のことに対して鈍感になって日常生活を送れるようにする心の働きです。
そして非常事態には『何もできず動けなくなる人』は80%と言われます。
『冷静に対処できる人』と『その場で泣き叫んだりパニックになる人』がそれぞれ10%。

もう手っ取り早く慌てふためく前提で瞬時に『距離を取る、危険やデマのある地域から遠ざかる』のがテクニックも知恵もなくてもいける方法かと。

今回の記事で重要な最初のキーワードは
『非常事態こそシンプルが鉄則』

つまりあの時の政府の対応はちょっとまずかった。初めてのことに対処するのが国家であるので初の大規模原子力事故であっても整然と導けなかった。
どこの政党、誰が総理大臣でも無理だったでしょう。
結局線引きでぐちゃぐちゃにしたわけです。


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5行前をもう一度
『非常事態こそシンプルが鉄則』
と書きました。

コロナもそうですね。
あれはいいです、これはダメですってやって他国のように『とにかく全部ダメ!ロックダウン!経済活動すんな!』
とやらずに
「じゃあこれはやってもいいんですか?」
と重箱つついて
「業界が苦しいんだ」
となると突然その業界が通常営業するよりも儲かる助成金が交付される。
ワクチンが始まるまで必死で食い止めていたのは医療現場で、実は頭はそんなに回っていなかった・・・・

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他国に比べてアホな対応をしたとかそういうのじゃないんですね。
個々やある程度の集団まではわりと優秀なんだけど全体のシステムとしては
とにかく『緊急時に複雑に』しようと右往左往するので
みんなの頑張りを相殺してしまっているのかと。

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ここまではどちらかというと『叩かれるほう』を叩いた内容ですね。
ここで終わったらわたしは赤い新聞配ってる連中と同じ知能しかないです(ヾノ・∀・`)

その『叩くほう』
野党ですが対案もなく騒いで何かあれば審議拒否して夏休み取る人達。
しかも彼ら自身・支持者は『リベラルで性差別やマイノリティを自称』しがちです。

LGBTQは今どこまで伸びてるんですか?LGBTQQIAAPPO2s・・・・
円周率かな?

もちろんいわれなき差別はダメです。許すまじです。
ですがあまりに細分化してそれを押し付けると
『あまり関わらず、差別もしていない一般人に複雑な区別の強要』をすることになります。
結果差別のされてそれを商売にするためのビジネス被害者が出来上がります。『差別の当たり屋』ってやつです。

差別解消や時代の変化に伴う新しいお話、それの周知徹底の時にいきなり「全てを考慮しろ!言い方も優しく!あれもこれも表現を気にしろ!自由のためにたくさんの不自由を押し付けるぞ!」

って大騒ぎするので差別を解消したいのではなく、差別を広めてお金稼ぎたいようにしか見えないのです。

でこれらのアシストをするマスコミ。
彼らはゲートドラッグ的な役割を果たしていると思っています。

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これを次の記事に繋げます。
マスコミが果たしている役割、これはいつも扱うモノと違う感じがしますけど、わたしは『心の地形』だと思っています。

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では養蚕神社の説明だけ。この神社についての個別の説明はできないんですが、
三春藩領が養蚕を振興していたのは過去扱いました。
もちろん三春ばかりじゃなくて、財政の立て直しを目指す大名はだいたい養蚕を奨めます。

この養蚕が盛んであった地域が貧しいか富んでいるかは地域差がありますが、
米、それ以外の野菜。
そしてそこから出る藁などを使って手仕事を営んだり、それらを血用する人へ売ったり。
次に植える種や苗も育てなきゃだし、一年中を本当に百の仕事をしていたお百姓。
その中で一番金になったのは絹糸であると。
どこに出荷していたかで値段が違うので地域差があると書いたのですが、地元のお殿様やお大尽に売りさばいても黙って取られる米や安い収穫物よりずっと稼げたはずです。

年貢米を取られても日本は大都市で消費する以上の量があった。
つまりそれは百姓が食べた。
そこに他の収穫物があったのだから貧しくてもさほど極貧ではなかった。
しかしそれが東北だと寒くて他地域よりも望めなくて貧しかったし、食べる量すら年貢に取られて死んだ。

買う食べ物があるかは別として金を稼いでくれる蚕を『蚕様』と呼ぶのは
本当にありがたかったんだろうな、と思います。
今でも蚕様って言いますからねお年寄り。

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あまり数はないし、小さくても立派なのところが多いのは
『一点豪華主義』で建てたのかな?って想像しているんですが。
ここはそれらと反対で小さくこじんまりしてはいるけど石段の下は街道の行き先をしめす石標もあるし(画像無し)
通りかかる人はたくさんお参りしたんじゃないかなと。

平和な神社の話からまた嫌なテーマへ
次に続きます

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