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【本の話】先生・たこ焼き・ズッコケ三人組

 世の中には、不思議なめぐり合わせがある。私にとって『それいけズッコケ三人組』がそうだ。

 最初に手にしたのは、四半世紀以上も昔。当時広島の放送局でインタビュー番組を担当していて、児童文学作家の那須正幹先生に出演を依頼した。

 入社二年目か三年目のペーペーディレクター。読書は好きだが、児童書なんて子どもの頃以来。慌てて『ズッコケシリーズ』を数冊読み飛ばし、打合せに備えた。

 山口県内のご自宅に伺ったのは、季節は忘れたが土曜日の午前中だったと思う。『ズッコケシリーズ』節目の年で、私以外に何社もマスコミ関係者が訪れていた。

 十時過ぎの約束が三十分押し、一時間押し……別室で待たされること数時間。時計の針が午後二時をさす頃、ようやく先生が現れた。
「前の取材が長引いて申し訳ない」
 疲れた顔つきの先生。やわらかな方言でこう切り出された。「悪いけど、少し腹に入れさせてもろうてええかね? あなたも一緒にどうぞ。お~い」

 スルスルとふすまが開き、笑顔の美しい奥様が登場。大皿にこんもり盛られていたのは、湯気を上げるたこ焼き。香ばしいソースの上で、削り節がフワフワチリチリ身をよじらせる。

「いただきまーす!」

 いまなら恐縮して遠慮申し上げるのだろうが、若くて、バカで、空腹だった二十代前半の私。喜んでお相伴にあずかった。熱さにハフハフしながら、「うわっ、おいしい!」
「ほうね? そりゃえかった」
 眼鏡の奥の細い目をさらに細める先生。いたずらっぽい口調で、
「実はコレ冷凍もんなんよ」
「ええっ!?」
 外はカリカリ、中はほわほわ。具のたこもでっかくて、こんなにおいしいたこ焼きが冷凍?
「人生初の冷凍たこ焼きです。最高っ!」
 思い出すだけで赤面ものだが、私の感激ぶりに声をたてて笑われた先生。もっと食べろと勧められ、和やかに楽しくたこ焼きをつつき合った。
 
 ――で、肝心の打合せと本番収録についてだが、恥ずかしながらまったく覚えていない。『ズッコケシリーズ』創作のエピソードなどいいお話をたくさん聴いたはずなのに、記憶にあるのはたこ焼きの思い出だけ。ああ、情けない!

 ――と、悔やむのには理由がある。那須先生との出会いから十数年後、ひょんなきっかけから児童文学に目覚めた私。マスコミ業界から足を洗い、故郷の九州へ戻った三十代後半。子どもの本の面白さにハマって読み漁り、自分でも書いてみたくなったのだ。

 そんな経緯で再び手にした『それいけズッコケ三人組』。〈取材の材料〉ではなく〈優れたお手本〉としてページをめくり――圧倒された。
あまりの完成度の高さに。

 ハチベエ、ハカセ、モーちゃん。個性豊かな三人組が繰り広げる大小様々な事件(?)。
 わかりやすく、テンポよく、飽きさせない。前川かずお氏のユニークなイラストとマッチし、ぐいぐいストーリーに引き込まれる。そりゃ昭和の時代とは社会環境が激変し、内容的にそぐわない箇所もあるけれど、平成・令和の子どもたちが読んでも(モチロン大人も)面白さに変わりない。まさに〈児童文学の金字塔〉といえる。

 それゆえに悔しいのである。
 いまの私なら那須先生へ〈ファンとしての具体的な質問〉ができただろう。創作の秘訣についても教わりたいことが山ほどある。ああ、タイムマシンであの日に帰りたい! ちゃっかりたこ焼きをご馳走になりつつ、もう一度たっぷりお話を聴けたらなあ……。

 というわけで、不思議なめぐり合わせにより、いまや私にとっての〈指南書〉となったこの作品。
 児童文学に目覚めて十年ちょい。せっせと創作に励み、いくつか童話の賞をいただいたが出版には至らず。先生が審査員をつとめる児童文学賞で入選して再会を果たすのが夢だったが、今年先生は天国へ旅立たれ……ガックリ落ち込んだ。

 だが先生は、たくさんの優れた作品を遺してくださった。
『それいけズッコケ三人組』は私にとって〈永遠のバイブル〉であり、先生とのかけがえのない思い出を築いてくれた本。読むたびにたこ焼きを食べたくなるのは、ちと困りものだけど……。

#読書の秋2021 #それいけズッコケ三人組

 
 


 


 

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