レヴュー2:魔法少女まどか☆マギカの家族観と物語の関わり

『魔法少女まどか☆マギカ』は2011年1月から4月にかけて放送されていた深夜枠のアニメである。

平凡な中学生である鹿目まどかが、ある日謎の生物キュゥべえと出会い「魔法少女」の存在を知る。
魔法少女とは、キュゥべえと契約を交わし願い事を一つ叶える代わりに、絶望の具象である「魔女」と戦う運命を課された少女たちのことである。しかし魔女の正体は、過酷な戦いに力尽きて絶望した魔法少女たちのなれの果ての姿であった。
それを知ったまどかは、自らが魔法少女として契約を交わす際に「全ての魔女を生まれる前から殺す」ことを願う。そして世界からは魔女の存在は消え、新たに人間の負のエネルギーの具象である「魔獣」が魔法少女の敵となった。

○『まどか☆マギカ』の家族観

『まどか☆マギカ』の世界では、まどか以外の家族はほとんど描かれない。
巴マミの家族は事故で死んだことが暗に示され、佐倉杏子の家族は亡くなったことが杏子自身から語られる。暁美ほむら・美樹さやかの家族については触れられないが、家族が直接出てくるのシーンはない。

対照的に、主人公の鹿目まどかの家族は非常に色濃く描写されている。
まどかの家族は母・鹿目詢子が働きに出て、父・鹿目知久が主夫として弟・鹿目たつやの育児と家事を担っている。家族仲が非常に良好であり、家族の会話シーンも多い。

○まどかの母・鹿目詢子というキャラクター

まどかの母である詢子は、上記の通り自ら働きに出ているキャリアウーマンであり、男顔負けの働きっぷりで一家を支えている。
詢子とまどかの仲は良好で、二人の会話はしばしばストーリーにも大切な要素になる。

詢子は1話でまどかに「直に告るだけの根性もねえ男はダメだ」や「女は外見で舐められたら終わりだよ」などの心得を説いたり、6話においては悩むまどかに「大人になる前に 今度は間違え方もちゃんと勉強しときな」とアドバイスをする。
この1話と6話の会話で、詢子にとってまどかがどのような存在かが見えてくる。

1話の話は異性愛を前提とした女としての心得であり、6話はまどかが大人になった際に社会に出て様々な経験を積んでいくことを前提に説いたアドバイスである。 
これらから詢子は、まどかに将来「女として異性と恋愛して、社会に出て働いて、辛いことからも立ち直れる強い女性として生きていく」ことを望んでいると読み取れる。それは詢子自らをロールモデルとした女性であると考えられる。
すなわち詢子には「まどかは自分のような大人に育って欲しい」という望みがあることが会話の中から見えてくる。

しかし詢子のアドバイスを実行したまどかは、取り返しのつかない事態を引き起こす。ここからじょじょに詢子とまどかとの間に溝が生まれる。

○まどかにとっての乗り越える壁

11話において、さやかの葬式から帰ったまどかに対して詢子はかける言葉が見つからない。まどかが何か悩み、何かを隠していることを察してはいるものの、それを聞くことはできない。
詢子は友人である和子にこんな心情を吐露する。
「初めてなんだよ、あいつの本音を見抜けないなんて。情けねぇよな、自分の娘だってのに」
このセリフには、詢子の親としての驕りが見えてくる。「娘」であり、「自分のような大人になってほしい」という望みに背いて成長をするまどかに、詢子は戸惑いを隠せない。

その後、ワルプルギスの夜が迫って来た見滝原において鹿目一家は避難所に避難する。その間に魔法少女になることを決意したまどかは外へ行こうとするが、それを詢子に見つかる。娘の決意が固いことを悟った詢子はまどかについていこうとするが、まどかは「パパとたつやを安心させてあげて」と言う。
まどかのセリフは、詢子の存在が家族にとっていかに大きいかをもの語る。詢子は家族にとって、経済的な面での柱でもあり、家族全員の精神的な面でも柱であることを示す。
娘の説得に応じた詢子は、最後にはまどかの望みを受け入れる。まどかの成長は詢子が望んだ成長とは異なる形であったが、娘を信じて送り出した。

それが母娘の最後の会話となる。最後まで詢子の望みとまどかの望みはすれ違っていた。

○詢子の親としての役割

ここで詢子のポジションをおさらいすると、まず詢子は一家にとって経済的な柱であり精神的な面での支えでもある。子に助言し、叱り、励ます詢子は「女性でありながら働きに出てる」という現代的な女性である一方、一家を支える父親的役割を担うキャラクターであるといえる。
詢子は飲み過ぎで帰ってきたり、寝坊してまどかに起こされるシーンがあったりするが、どんなにだらしのない姿を見せても詢子はまどかにとって信頼できる大切な親であり、夫の知久やたつやにとっても同じように支えとなる存在である。
6話までは詢子とまどかの間には良好な親子関係があるが、7話以降はまどかは自身の悩みを詢子に打ち明けることはなく、自分自身で考え、決断をする。

11話においてまどかは、詢子の制止を振り切り自らが選択した道へと進む。詢子にとってまどかは大切な娘であり、「自分のような大人になってほしい」と望んでいたが、まどかはその望みを叶えることはなかった。

詢子の望みはまどかにとっては乗り越えるべき壁であり、そこには「子が親を乗り越える」というテーマが存在していると言える。

○詢子の「理想の親」は誰に対して?

12話のまどかによる世界改変後の詢子は、夫・知久と共に一人息子であるたつやを公園に遊ばせていると、唯一まどかの記憶を持つ暁美ほむらと出会う。そのときの詢子の服装はロングスカートで頭にはリボンの髪留めをして、キャリアウーマンだった頃よりも女性的なファッションになっている。また、この世界ではたつやを叱ったり共に遊んだりするのは、どうやら知久の役割であるようにも描写されている。

漠然とまどかの記憶を持つたつやに対し、記憶のない詢子は「あの子(=たつや)の見えない友達」というが、それでも「まどか」という名前にはひどく懐かしさを感じている。また、ほむらがまどかから貰ったリボンに対して「娘がいたら付けさせたかもね」としみじみという。
そこには気丈な「父親」としての詢子はおらず、ごく一般的な「母親」としての詢子が存在している。

これらの変化を見る限り、1〜11話までの詢子の「父親」としての役割は、まどかという娘がいたからこその役割であり、娘が喪失した世界での詢子はごく普通の母親として存在している。
つまりは詢子の父親的な役割は、まどかという娘があって示されるものであった。

○魔法少女の孤独

先述の通り、『まどか☆マギカ』のまどか以外のキャラクターたちには、ほとんど家族が描かれない。詳細は不明だが不在であったり、死別が明言されていたりする。
ただし、美樹さやかには家族の健在がかろうじて確認される(8話においてさやかの行方を心配する連絡がある・11話においてさやかの葬式が挙げられたことから)

12話の改変後の世界ではまどかの存在は消失し、さやかも円環の理に導かれこの世を去る。
皮肉なことに、家族が健在な二人がこの世を去り、マミ・杏子・ほむらが生き残るところから改変後の世界は始まっている(正確に言えばほむらの世界認識がそこから始まっている)

家族に愛されて育ったまどかと、家族が健在なさやかはこの世を消えて、家族との関係が希薄な三人の生存は、常に過酷な戦いに身を置く魔法少女の孤独を物語ると同時に、それでも戦いをやめることなく生きる魔法少女の力強さも物語っている。

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