幸せの定義
私の人生は総じて幸せである。
大きな事故や病気も経験することなく健康にすくすくと育てていただいた。
家庭も裕福で習い事も勉強も自分がやりたいだけやらせていただいた。
周りの人にも恵まれて「幸せである」と自覚できるくらいに幸せなのだ。
だが、それでもなお、人間は他のものと比較してしまう生き物である。見える世界が広くなればなるほど自分の幸せのかたちを見失う。
【隣の芝生は青い】
この言葉の重みをはっきりと感じ取ったのはいつだっただろうか。
どうしようもなく他の人が羨ましく、できることなら変わりたいと思ってしまうことがあった。(今でもある。)これは自分自身の自信の喪失なのか。それともただの嫉妬なのか。。。
高校生のとき、授業で今なにか願いが叶うならなにがしたいか伝え合う時間があった。
その時、相手だった子が
「私はあなたになりたい」
と言った。
あー、そうか。
この子にとっては私が隣の芝生なのか。
本気で言ったわけではなかったのかもしれない。ただ、妙に納得してしまう自分がいた。
どんなに他人と比較してしまう自分がいても、幸せのかたちを見失っても、ひとつだけ絶対的に自信をもって言えることは
自分は幸せである
ということである。
幸せの定義づけは難しい。相対評価をはじめるときりがなくなる。
はっきりと言ってしまえば、幸せは相対的に比べられるものではない。
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