刑法条文理論攻略法12

刑法条文理論攻略法12
1、平成30年司法試験・刑法第2問―挑戦的解答
2、問題点
(1)の立場から、甲について不作為の殺人未遂罪(203条、199条)が成立する旨の説明を行う。
3、解答例
1、不作為の実行行為性
 不作為であっても、作為の形式で規定されている構成要件の実行行為と同程度の法益侵害を惹起する現実的危険性が認められれば、作為の構成要件の実行行為と同価値なものとして実行行為性が認められる。
 同価値とは、法的作為義務を負う者が、その作為が可能で容易であるにもかかわらず、その義務を尽くさなかったときに認められる。そして法的作為義務が発生したかどうかについては、法令、契約、事務管理、条理など形式的考慮要素のほか、結果発生の原因となった先行行為、既に発生している危険の引受け、因果の流れを支配する排他的支配などの考慮要素を総合的に判断すべきであると考える。また、作為義務者が当該不作為によって、構成要件的結果の発生を認識・認容していたことも必要である。
2、本問の検討
(1)甲は乙に対して「親父、大丈夫か」と声を掛けているが、確かに、過失や故意によって乙に対して行為を加えていないことから、先行行為にあたる事情はない。また、乙を転倒場所から移動させるなどの危険の引受けも行っていない。
(2)しかし、甲は乙の子どもであり、直系親族として扶養義務(民法877条)がある。また、乙が転倒した駐車場は街灯がなく、夜間には車や人の出入りはほとんどなかった。さらに、草木に覆われており、山道や同駐車場で倒れている乙を発見する者は甲以外に考え得ることができなかった。したがって、
甲は、乙について因果の流れを支配する排他的支配の地位を有していたと言える。
(3)そして、甲が乙を乙の自動車に連れて行けば、崖下への転落を確実に防止でき、それを行うのも容易であった。
(4)上記(2)で記述した作為義務を負っていた甲は、(3)で先述した作為義務を尽くさず、乙を放置して立ち去った行為は、結果発生の危険性において作為による殺人の実行行為と同価値と言える。以上のことから、甲は、同駐車場からバイクで走り去った時点で実行行為の着手が認められる。
(5)さらに、甲は、乙が近くの崖から5メートル下の岩場に転落する危険があり、最悪の場合、転落死するおそれがあることを認識していた。加えて、甲は、ウソをついたことを謝ったのに乙から激しく殴打されたことを思い出し乙を助けるのをやめようと思い、乙が死んでも構わないという認容していたと言える。したがって、甲には殺人罪の故意が認められる。
 したがって、甲には、不作為による殺人未遂罪が成立する。
3、(2)の保護責任者遺棄致傷罪(218条、219罪)にとどまるとの立場から、不作為による殺人罪が成立するという説明に対する反論を行う。
(1)客観的事実における反論
 まず、不作為の殺人罪が成立する要件については、法令、契約、事務管理、条理などの形式的要素、結果発生の原因となった先行行為、危険の引受け、因果の流れを支配する排他的支配などの考慮要素を総合的に考慮するのは妥当ではない。なぜなら、まず、上記の総合的考慮説では、不作為犯の認定があいまいになり、認定範囲が不当に広がる。次に、そもそも作為による犯罪においては、構成要件の実行行為によって客体の因果の流れを支配することなる。例えば、殺人罪では、殺害行為が客体の生命を危険にさらし、究極的には死に至らしめるという因果の流れを支配する。したがって、不作為による犯罪についても、まず、因果の流れを支配する排他的支配の有無を必須的要件とする。その上で、先行行為又は危険の引受けのいずれかが認められれば、不作為犯の成立を認めるべきであると考える。
4、そこで、再度、本問の甲の行為を再考する。確かに、甲は父親である乙を救助する立場にあったが、乙のケガが軽傷であったことから、駐車場からバイクで立ち去っている。したがって、甲は、乙について因果の流れを支配する排他的支配の立場に立っていない。したがって、甲には不作為の殺人罪を構成しない。
 また、確かに甲は乙を助けるのを止めようと思ったが、甲は乙の子どもであり、まだ高校生であることから今後も乙の養育が必要であることが分かっており、乙を死亡させることを決意をしたとは言えないことから、乙が死ぬことを認識・認容していたとは言えない。この故意の点からも、不作為の殺人罪は成立しない。
5、不作為の殺人罪が構成しないとなれば、甲には保護責任者遺棄致傷罪が成立しないか検討する。
 同罪の要件は、①保護する責任を有する者が、②老年者、幼年者、身体障害者、病者を③遺棄すること④その結果的重犯として、傷害を負わせることである。①保護する責任を有する者は、不作為犯の作為義務と同義であると考える。
甲については、作為義務があることは先述した通りであり、要件①を充足する。
また、病者は負傷者も含むと考える。したがって、怪我を負っている乙は、要件②を充足する。さらに、甲は乙を救助しないで立ち去っていることから、要件③を充たす。次に、甲は乙を救助しなかった結果、その後、乙は崖で転落しており、重傷を負っていることから、要件④も充たす。また、甲は、乙が崖に落ちる恐れ、その結果、重傷を負うおそれも認識・認容していたことから、甲には保護責任者遺棄致傷罪が成立する。
6、私見によれば、後者の考えを支持する。すなわち、上記4、5で検討した通りに、甲には保護責任者遺棄致傷罪が成立する。
第3 第3問
1、論点
 甲にとっては、無関係で責任を負わない丁に対して不作為の殺人未遂罪は成立しないとの立場に対して、甲に作為義務があったことを前提に、甲が同罪が成立すると反論する場合、どのような構成が採れるか。
【本音1】
 この問題を作った学者は誰だ。こんな愚問をよく出題するものだな、というのが第1印象。刑法は人は懲役だの死刑だのという刑罰を課す法体系である。したがって、学説によって、多少の判断の幅が許されても、学説のよって殺人未遂罪が成立したり、しなかったりするのはそもそもおかしい。学説のお遊び以外、何物でもない。また、学説の正当性にも不信がある。どこかの大学の教授であれば、その説は学説として通用するのか。学説はあくまでも学説であって、その正当性は決して担保されていない。そのような学説を前提にした問題を司法試験で出題するべきではない。
【本音2】
 この問題は、意味が不明であることも欠陥である。殺人未遂罪の客体が、丁そのものなのか、乙と勘違いされている丁なのか、それとも乙なのか、判然としない。最後の問題文らしき部分だけで考えると、客体は、丁そのもの、又は、
乙と勘違いされている丁であるとのようにも思える。しかし、ややこしいのは、
丁の近くには乙も存在しており、仮に甲が丁のところへ行けば、乙を発見することは容易であることから、客体を乙と見て、殺人未遂罪を認定する説明を構成するのか、全くあいまいである。多分、出題者は自信作だと思って出題したと思うが、アホらし。
【本音3】
 この問題を読んだとき、まず考えたのは、不作犯における客体の錯誤の成立についての問題だと思った。なぜなら、けん銃を使った作為犯の殺人罪を例として考えた場合、実行行為者Aが、αを殺害しようとけん銃を発射したところ、
αではなくβだったとする。これは、典型的に客体の錯誤の問題になる。法定的符合説によれば、αもβもおよそ人間であり、人間を殺害することは殺人罪に当たる。したがって、仮に不作為犯が作為犯と同価値であることから、作為犯と同様な構成要件に該当し、犯罪が成立したとするならば、不作為犯の客体の錯誤も、作為犯の同様に客体の錯誤における法定的符合説によって、本問でも、丁そのものに対する殺人未遂罪が成立することになる。なぜなら、丁も乙と同様に人間であるから、およそ人間であるなら、殺人未遂罪の客体になる。
 ところが、出題の趣旨や採点実感によれば、不能犯を論ずるべきであると解説されていた。確かに、乙に対する不作為の殺人未遂罪は不可能だから、不能犯を論ずるとしてあったが、全く、そんなことは思いつかなかった。もし、この年に受験していたならば、確実に不合格だな、と思った。
【不能犯による説明】
 不能犯による説明は、①具体的危険説②純粋客観説③修正客観説の3説がある。
1、具体的危険説による説明
 一般人が認識しえた事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人の観点に基準に、結果発生の危険性があるか否かを判断する。
 これを本問において検討する。一般人、甲ともに、丁を乙と誤信しており、あくまで甲の犯罪が、乙に対する不作為の殺人未遂罪とするならば、このような犯罪は不能である。しかし、そもそも故意犯の処罰根拠は、規範に対する反対動機を破って行為したことにある。とするならば、丁も乙と同様に人間であり、およそ人間に対する殺人未遂罪は、規範に対する反対動機を破る行為である。したがって、甲には、丁そのものに対する殺人未遂罪が成立する。
2、純粋客観説による説明
 行為者が行為時に存在した全事情を基礎に、行為後に客観的に観察して危険性を判断する。
 これを本問について、検討する。甲が不作為による殺人未遂行為をした際に存在した事実は、甲の客体は丁だけである。したがって、乙に対する同罪の行為は不能である。しかし、これ以降は、法定的符合説によって、丁に対する同罪の成立を認める。
3、修正客観説による説明
 行為者が行為時に存在した全事情を基礎に、行為後に客観的に観察して危険性を判断する。ただし、結果不発生について、その原因を分析し、その原因が行為時に存在することが可能かどうか、を考えて危険性を判断する。
 これは、空気注射事件の判断と同じ考えである。行為者は致死量以下の空気しか被害者に注射しなかったことから、死亡はしなかった。しかし、被害者が何らかの原因で血管が硬化していたり、血管が生まれつき細かった場合には、死の結果を招いた危険があったと言える。仮に、本事件で、このような事情があり得ることも考えることができたことから、不能犯ではなく、殺人未遂罪を成立させている。
 これを本問について検討する。もし、甲が乙を助けようと、乙と勘違いした丁のところにいけば、近くに倒れていた乙を容易に発見することができたことから、乙を助けることができたと言える。また、乙と勘違いをした丁とは無関係で救助する形式的な義務はないが、助ける目的で丁のところに行っていることから、他に助ける者が出現する可能性は非常に低かったことから、甲は、丁に対して、排他的支配を有することになったほか、危険の引受けもしたことになる。また、いくら他人とは言え、危険な岩場に転落している人を見つけた場合、救助するか、救助を求める通報をするのが通常の条理であるところ、甲には丁に対する作為義務が生じたと言える。また、救助も、救助を求める通報も可能で容易であるから、不作為であっても作為の実行構成も認められる。そうであるならば、乙、丁ともに両者に対する不作為の殺人未遂罪が成立すると説明できる。
以上

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