わたしがママに至るまで~怪文書序章~

VRChatを始めてからすべてが眩しくて仕方がなかった。
好きな姿で、好きな場所で、好きな人達と。
わたしと出会う殆どの人達はその世界の生活に不満もなく、自分たちの世界で自分たちのやりたいことを謳歌していた。
夜が明ける度に流れてくる思い出の記録たちがTwitterのタイムラインを埋め尽くし、あらゆる表現・手段を尽くして見せつけられる幸せの余韻は、痛烈な光となってわたしの網膜を灼き、その影を濃くした。

はじめに影が大きく深くなったのはVRChatを初めて1ヶ月ほどが過ぎた頃だったろうか。
闇雲に送ったフレンド申請を特段活用することもなく、joinに対する苦手意識と所在なさを募らせていったわたしは数日VRChatもTwitterも出来ないくらい滅入っていた。
何でもできる世界で自己表現の一つもできない。
せっかく練習をしていた女声を活かすこともないまま、きっとわたしは誰かにとっての何者にも成れず消えていくんだ。そんな不安に蝕まれていた。
週末はわけもなくぼーっとしたり、時々浮かんでくる寂しさや孤独感を涙で追い出したりしながら、長い時間が過ぎるのを待った。
それから数日SNSから離れて、親切なフレンドや新しい出会いによりそのような気持ちは幾分緩和された。

不安が去っても日々は続いていく。
新しい不安に襲われないように、自分が腰を落ち着けられる場所を探すべきだ、と思った。
その時のわたしは女声をもっと人に聞いてもらいたいという望みがあった。
ならばイベントに参加するのが良いだろう、と考えた。
イベントならば手堅く不特定多数と交流ができるし、相手が良ければ感想だってもらえるかもしれない。
しかし、参加といえど一般の参加者ではダメだ。一般参加では自分が行きたくないときに行かなくても誰にも迷惑をかけない。つまりは責任が一切発生しないということになる。
責任の発生しないイベントはわたしの性格上定着は難しいと感じた。
だったらスタッフになろう。これが前提となった。
じゃあ何処のスタッフになるか。
真っ先に思いついたのは女声のスタッフが接客を行う大手イベントのカストラートだった。
しかしこれはPCVR限定のイベントのため、Quest単体でVRChatをしているわたしには参加が不可能なのであえなく却下となった。
Questで参加可能で接客を主とするイベント。かつ女声が活かせる場所……
そうしてイベントを絞っていった時、残されたのは授乳CafeキタリナQuest支店しかなかった。
このイベントなら参加経験もあるし、ママという役割を担当するなら女声を使うことに違和感などあろうはずもない。Questで開かれているイベントの中でこれ以上に目的を一致するイベントはあるだろうか。
躊躇いはあれど迷う必要はない。そう思ったわたしはTwitterに
「女声を練習するのにキタリナQでママをするのもいいかもしれない」
というような明らかな匂わせツイートを投稿した。……小心者である。
けれど反応は迅速だった。
先輩ママからは「推薦します」と判を押され、リツイートで拡散をしてもらい、10分と立たないうちに店長の円角さんからリプライが来た。
「店員ママやりたいですか? 歓迎します!」
もう詳しくは憶えていないがこんな内容だったと思う。
こんなにあっさり? という気持ちと心の準備が整ってないので、後ずさりしそうになる気持ちを必死に抑え込んで、わたしは「是非」と答えた。


それからは早かった。
翌日には写真を撮りママ登録を済ませ、さらにその翌日には初出勤だった。
ベテランママの複数授乳という離れ業で5人の赤ちゃんを取り囲ませるように配置し、オルガンか何かを扱うような手付きであやす姿をわたしは今でも忘れられない。
初出勤はとにかく慌ただしくはあったが同時に達成感があった。
不慣れで何かと迷惑をかけたような気もしたが初めてVRChatの世界で誰かの役に立てた気がした。
単純に嬉しかったのだ。
わたしのすることで目の前の人が喜んでくれることが。
わたしがいることでその人の居場所が守られることが。
そのことが忘れられなくてわたしは今もママを続けている。
それはきっとわたしに必要なことだから。

2020年8月19日。
それは初めてわたしがVRChatに存在する意味を受け取った日。


はい、ということで以上がわたしがママになる経緯をまとめたものになります。
存在する意義ーとか自分の価値ーとかいうところに関する不安は依然として根底にありますが、あの日わたしがキタリナQに店員として加入させていただいていなければ、今頃わたしはVRChatをやめているだろうなぁ、といつも思います。それくらいわたしの中で明確に何かが変わった出来事でした。
他のママがいうような、キタリナで愛や元気をもらったから、だれかに愛を与えたいからというはじめから母性をもって店員になったタイプのママとは少し違うのが正直申し訳ないところではありますが、母性らしきものは店員ママとして回を重ねるにつれてしっかり芽生えていったので、きっと潜在的な適性は少なからずあったのだろうと思うことにしています。


こんなネガティブで不安定なこきひママではありますが『憑依型女声ママ』の称号を欲しいがままにするため、皆様に絶対的な安心感をご提供するため、今後も精進を続けていきますのでどうかよろしくお願い致します。

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