見出し画像

スーツケース・ミステリー

それはエスカレーターから始まった

引っ越しで不要なものをどんどん廃棄していた頃、名古屋駅のとあるビルの下りエスカレーターに乗っていたところ、途中で合流してきた若い女の子が持っていたスーツケースを見て心臓がバクバクした。何故なら、そのスーツケースは、引っ越しを機に廃棄するかどうか迷っていた古いスーツケースと全く同じものだったからだ。

そのスーツケースを購入したのは30年ほど前。キャンバス地のカラフルなものだが、私の持っていたものは経年劣化ですっかり色はあせて白っぽくなっている。ところが、彼女が持っていたそのスーツケースは、まるで新品のように色鮮やかでキレイだった。

彼女はエスカレーターの4段ほど先に立っていた。右手に携えているそのスーツケースは、何度見直しても、どう考えても、30年前に買ったあのスーツケースと同じものだ。あまりのことに、自分の頭がおかしくなったんじゃないかとさえ思えてくる。一緒に誰かいれば確認も出来るのだが、あいにくこの時はひとりだった。

そこに確かにあるという確信を得るために写真を撮ることも考えたが、それは何だか怪しい。その女性に声をかけて確認したいとも思ったが、それは更に怪しい。

ぐるぐる考えているうちに、エスカレーターは1階に到着し、その女性もスーツケースと共にどこかに消えて行ってしまった。真相は闇の中である。

あまり世の中にないはずなのに

そのスーツケースは、ニューヨークへのひとり旅を機に購入したものだった。当時、アメリカ在住の台湾人女性が経営する会社に勤務していたのだが、何故かアメリカのお宅に私だけが招待された。航空券も彼女が準備してくれた。

ケネディ空港に着けば彼女とその家族たちが出迎えに来てくれることになってはいたが、いかんせん、アメリカまではひとりである。それ以前も数回、海外旅行に行ったことはあったが、いつも友達が一緒だった。今回はすべてひとりで管理しなければならない。

だからスーツケースは、空港到着時にターンテーブルで迷わず自分のものだとわかるデザインのものがいいなと思った。敢えて持っている人が少なくて目立つデザインにしようと思って選んだのが、そのカラフルなスーツケースだったのである。

販売されていた当時でさえ、そのスーツケースを持っている人に出会ったことはない。その後もそのスーツケースに出会ったことはない。帰宅してから、いろいろなキーワードを使って検索してみたが、該当するスーツケースはインターネット上に存在していない。なのに、何故、今、出会ったのか。謎だ。

守り神「KURO」

スーツケースにはネコのイラストが描かれている。最初に飼ったネコ「KURO」の絵である。描いた頃には既にこの世にいなかったが、大好きな子だったし、何よりとても賢い子だったので、アメリカへのひとり旅のお供として、スーツケースを守ってもらおうと思って描いたのである。

アメリカ以外にも、このスーツケースを持っていろいろな場所へ「KURO」と一緒に旅をした。一時期、大荷物を抱えて仕事をすることがあったが、その時も「KURO」はいつも疲れを癒してくれる存在だった。

廃棄するかどうするか迷った一番の理由は、この「KURO」の絵にある。「さよなら」していいかどうかを迷っていたのだが、この妙な出来事に意味を見出すとしたら、もう少し一緒に過ごそうという「KURO」からのメッセージなのかなという気もしたので、素直に従うことにした。

色あせたスーツケースは外での活躍を引退し、現在は保管用ケースとして利用している。ずっと三脚を入れていたのだが、引っ越しを機に1脚に減らしてしまったので、賢い「KURO」にもうちょっと責任あるものを任せようかと考えているところである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?