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野球小僧は台湾の夢を見る

(写真はwikipediaより)

香港は……狭い

しかしその狭さをただ嘆いても何も解決しません。ならばどうするかと言うと、階層を作るしかありません。必然的にマンションはどんどん高層になって行きます。
最近は日本でも高層マンションといえば20階や30階なんて珍しくもなんともありませんが、香港には地震らしい地震がないこともあり、50年以上も前からいくつも建てられていました。

ちょっと思い出しました。家の近辺をてくてく売り歩いていた竿竹屋さんの声は凄かった。なにしろ肉声で20階まで届くんですから。トラックに乗って拡声器でテープを流すのとは気合の入り方が違うのです。

しかし、それでも解決出来ない問題があります。
それは、運動場

私は香港に着いてから日本人学校へ通うようになりましたが、運動場がなにしろ狭い。どちらかと言うとインドア派で外で球技なんぞ一切やらない私ですが、見た瞬間「!」と思ったものです。
ですから、日本人学校では体育の授業は晴れていても体育館で行うことがありましたし、球技を行うときは「上のグランド」と呼んでいた学校の裏山をちょっと登ったところ(黃泥涌峽道の脇)にある運動場に行かなくてはなりませんでした。

もっとも運動場が狭いのは日本人学校に限ったことではなく、当地の多くの小中学校がまともなグランドを持っておらず、香港の子供たちはあまり運動する習慣は持っていないようにも見えました。
もしかしたら、運動するくらいなら働け!と親から言われていたのかもしれません。香港は1971年までは義務教育すら無く、ほとんどの小学校は午前と午後で児童が入れ替わる半日制授業だったのです。

運動会はどうするんでしょう?
運動会はアバディーンのスポーツグランドを借りて行います。細かいゴムを敷き詰めた立派なトラックもあり、マラソン大会もここでした。
余談ですが、運動会の練習をここで行っていて、ある日強風にも関わらず練習していたらあとでシグナル3が出ていたと知り、先生が冷や汗をかいたなんてこともありました。

しかし、グランドは狭いのにプールはありまして、ちゃんと25メートル、たしか5レーンくらいの大きさでした。

6月頭からプールで泳ぐ!
屋根付きなので(ただし壁はなく吹きさらし)雨でもプールで泳ぐ!
少々寒くてもプールで泳ぐ!
夏はほとんどプールで泳ぐ!
9月末までプールで泳ぐ!
台風が来ない限りプールで泳ぐ!
とにかくプールで泳ぐ!

シーズンオフは水を抜いてあるので、変則ドッジボール場として活用していました。

私は運動しなくても平気だったのですが、そうではない多くの男子児童はそうは行きません。みんな外で身体を動かしたくて仕方ないんです。
特に野球。
今でこそサッカーにその地位を脅かされている野球ですが、当時の日本ではスポーツと言えばほぼ野球一択です。「イソノ、野球しようぜ(@サザエさん)」の世界。寝てもさめても野球。

しかしいくら狭い香港とはいえ、例えば九龍側の児童が一人で香港島側に渡って友達と草野球というのは、治安の問題もありますしあまり勧められません。当時は地下鉄もなかったのです。

さらに香港にはプロ野球がないので、テレビの中継もありません。日本にいればほぼ毎日見られるのに……。これは野球小僧には結構きついものがあります。

やりたいんですよね、野球。

では、香港で野球をやるにはどうするか?
リトルリーグに入るのです。

リトルリーグというのはただの草野球チームではなく、アメリカに本部がある国際組織で、年齢など結構細かい規則がきちんと決まっています。
参加者の国籍は不問ですから、香港のリトルリーグには日本人学校の児童が何人も参加していました。
国籍不問とはいえ、本来はインターナショナル校などのアメリカ人児童主体のチームです。イギリス人はというと…、野球よりサッカー、クリケット。文化の違いですね。参加者は多くなかったようです。

なにしろ自分は入っていませんからチーム名はほとんど覚えていませんが、GI’sとかCardinalsとかいかにもアメリカ~ンな名前が多かったような。もともとアメリカ人児童のために作ったということがよくわかります。

チーム構成は年齢別にマイナーリーグ、メジャーリーグ、シニアリーグの三クラスがあり、当時の私の年齢だとメジャーリーグになります。
それぞれのリーグにいくつかのチームがあるのですが、どこのチームに入るかの決定権はリトルリーグ側にあります。その結果学校で仲の良い友達と敵同士になったり、となりのクラスの友達がチームメイトになったりするのです。
そんなわけで学校にチームの野球帽(全チーム共通で色だけ違う)をかぶってくる児童は何人かいて、時おり野球の話をしていました。打率よりホームランを何本打つかが関心事のようでした。

さて、そのリトルリーグで優秀な成績を収めた児童にはごほうびが待っています。
海外遠征試合です。当時は台湾遠征に行っていました。

先述のようにリトルリーグは世界的な組織ですから、最終的には各国の代表が競い合います。遠征チームは優勝チームだけということではなく、成績の良い選手が選抜されます。すると、香港チームなのにまるで日本チームであるかのように日本人主体の編成になります。つまり成績優秀な児童が多かったということです。

こんな国際的なチームは当時珍しく、他国チームからはなかなか面白い構成と思われていたようです。ほかの地域では、こんなに日本人が集まるチームはなかったんですね。国土の広い国では日本人児童の絶対数は多くても、一つの都市のチームに全員が集中することはなくバラけますから(もちろん選抜されるかは児童の実力の問題が一番大きいですが…)。
香港はやっぱり狭い

香港リトルリーグ自体は今でも健在のようですが、最近はチームが国籍別になってしまっているらしく、せっかくの異文化(外国人)との付き合いがやや希薄になっているようでちょっと残念です。
同じチームに言葉がほとんど通じない仲間がいる、って結構貴重な体験だと思うんですけどね。カタコトでも身振り手振りでも、自分で何とかしなくちゃならないんですから。香港のみならず大きな日本人学校がある地域は、現地の子供と交流する機会が少ないですからね。

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