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外車にまつわるエトセトラ

(写真はwikipediaより)

私が小学生のころ、スーパーカーブームというのがありました。
少年ジャンプ連載の漫画「サーキットの狼」がその火付け役とされています。
高級スポーツカーが次々出てきてはレースをするという、現実にはちょっとありえないシチュエーションでしたが、元来乗り物好きである私もすっかりハマり、漫画の単行本を借りては13巻くらいまで読みました。

父の香港転勤の話が出た当時、私には心配事が3つありまして、

1. 飼っているセキセイインコはどうなる?
2. 乗っている自家用車(日産ローレル)はどうなる?
3. 「サーキットの狼」が読めなくなる?

ほどなくして、セキセイインコは不注意で逃がしてしまい(泣)、故障の多かった自家用車は廃車(泣)、「サーキットの狼」は出発ぎりぎりまで読んで名残を惜しんだんです。
もっとも漫画は香港でも入手できたのですが、もともと漫画を買う習慣がなかったのと空輸品なので結構なお値段で、結局買ってまでは読みませんでした。

さて、香港に着いてからは日本人学校での生活が始まったのですが、ちょっと意外だったのは日本の遊びが流行っていた事です。

特に「スーパーカー消しゴム」。ボールペンのノック部分のバネを利用して、パチンと弾いて遊ぶアレです。

当初、実車とはほど遠い造型のただの消しゴム(しかもあまり消えない)だったのがどんどんレベルアップし、最終的には材質がゴムではなく塩ビになり、透明なヤツまで出てきました。
それが日本人学校内でも遊ばれていたのです。

渡航前の私の頭の中では、香港は遠い外国でした。日本人学校といってもどんな環境なのか、予想はまるでつかなかったんです。

香港は昔から日本人が多く、日本人学校の規模も大きくて当時は幼小中がセットになったマンモス校でした。教室は常に不足し、一時期図書室と視聴覚室を兼用していたほどです。児童・生徒数はシンガポール日本人学校に次いで2番目でした。

香港に限らず、世界に点在する日本人学校は主に日本から来る転校生で構成されています。私の世代の友達でも、小学一年からずっと香港に住み続ける人は少なく、小学五年の時点ではクラスに一人か二人しかいませんでした。
転校生ばかりですから、4月や9月といった人事異動の多い月には、多数の出入りがあります。
そしてその転校生が、最新の日本の流行を伝えるわけですね。
だからスーパーカー消しゴムで遊ぶという文化が、ほとんどタイムラグなしにあったんです。

ただ、転校生は日本だけから来るのではなく世界中から来ます。日本以外から来る転校生もまた別の文化を伝えるので、それはそれで面白いです。
同様に、先生もほかの日本人学校からの転籍で来ることがあります。イラン革命でテヘランの日本人学校が一時休校状態になり、やむを得ず香港に来て残りの任期を全うされた先生もいました。

さて、スーパーカー消しゴムの話に戻ります。
同じ遊びといってもさすがに香港で入手できるものは限られています。当初みんな古くてあまり造型のよくない消しゴムを大事に使っていたのですが、私を含め当時の転校生が次々に新車(笑)を持ち込んだので、一気に贅沢になり色々いじるようになりました。

あまり気に入らない色の車は油性ペンで色を塗り替えたりしました。ただ、油性ペンでは薄い色から濃い色(黒とか)にしか変えられないので、プラモデル用の塗料を塗ることもありました。湿気のせいなのか、乾かすのには数日を要しました。

レースをする際に摩擦を減らすためにタイヤを切って、ホチキスの針をうめたりと工夫が相次ぎました。他の学年では小麦粉をまぶす人もいたようです。
ボールペンで弾くにしても日本で使われていたBOXYという使いやすいペンが入手できず、普通のボールペンのノック部分を指でパチンとやっていましたが、だんだんバネを強力にするなど改造するようになりました。最終的には洗濯ばさみや自転車の鍵まで出現し、弾き飛ばす距離は大いに伸びました。

ここまでは日本の小学生と一緒だと思います。多分。

しかし、香港の小学生はちょっと違う。

実車が見放題なんです。
ポルシェもBMWもジャガーも普通に見かけるし、ベンツ、ロータス、フェラーリ、はてはロールスロイスまで、日本では都心などごく一部の地域でしか見られない車がそのへんに走っているわけですよ。
大体ベンツなんてタクシーに使われていたくらいですから、珍しくもなんともない。

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当時の日本では車のオーナーは大勢いても、高級外車のオーナーはそう多くはありません。崇拝の対象となるくらいリッチで珍しいものでした。逆に香港では車のオーナー自体は少ないものの、富裕層と言って差し支えない人々が多かったので、結構な数の高級外車が走っていました。
人口当たりの「ロールスロイス密度世界一」は中東産油国ではなく香港だと聞いた事もあります。

ちなみに富裕層でない普通の人は、古いオースチンあたりを買うのが関の山で、日本車を買うとまわりに自慢できたようです。

香港はイギリス領ですから右ハンドルで、左ハンドルは原則輸入できません。だからイギリス車はもちろんのこと、他の欧州車にしろアメ車にしろ、すべて右ハンドル仕様車が走っています。
かつて日本で左ハンドル仕様車しか売らなかった海外メーカーは、日本市場をナメていたことが良くわかります。

但し、オーナーは大変です。
まず新車の登録税がバカ高い。香港は自由港で何でも無税と思われがちですが、それでは政府がやっていけません。登録税は中古車にはかからないのですが、高級な新車にはその車両価格分くらいの登録税がかかります。但し大衆車になるほど税率は下がり、トータルの支払いでも安くなります(そこは案外良心的?)。自動車税も毎年かかります。車検はありませんが、壊れれば当然高額な修理費用を要します。

さて、買った車を普通に登録すると新しいナンバーを割り振られます。でも、いい車を手に入れると、あまりショボい番号では格好がつかないんです。

例えばポルシェ911を入手したとします。香港はナンバープレートの売買が自由なので、せっかくだからナンバープレートも「911」にしたいと思ったら、その番号を「買う」ということになります。
特に人気のナンバーであれば、ナンバーオークションで競り落とさなければなりません。
さらに高級車、例えばロールスロイスのビンテージモデルともなると、新しいナンバーをつけているのはちょっと恥ずかしいことになるのです。

車がビンテージなのに新しいナンバーをつけているのは成金の若造で、しかもナンバー代をケチった車と思われかねないのです!

もちろん、ナンバーなんて気にしない人もいるんですけどね。

人気のナンバーの条件はとにかく古いこと。アルファベットがついていない番号が一番古く、次に「HK」「XX」「AA」「AB」…と続きます。あとはゾロ目とか、「8」「88」「888」「8888」など8番に関係する番号です。「發」の語呂合わせですね。同じ理由で「3288」(生意發發)も人気らしいです。

最近は規制緩和で、文字と数字の組み合わせは原則自由になりました。
語呂合わせや縁起担ぎは興味のない人にとっては無価値ですが、そうでない人は金に糸目をつけないんですね。

私が住んでいたマンションの大家さんは、「AC1」ナンバーのベンツのオーナーでした。
もっと高そうなナンバーだと、近所のマンションの駐車場にいつも白いロールスロイスが停まっていたのですが、そのナンバーは「HK1」でした。
後で知ったのですが、そのロールスロイスの持ち主はマカオのカジノ王、何鴻燊 Stanley Ho だったそうです。
さぞかし注ぎ込んだんでしょうなぁ。

ナンバーオークションの利益はすべて政府の懐に入るので、予算に限りがある彼らにはこれが結構な収入源になっています。
日本でも少し前から「希望ナンバー制」というのができていて、好きな番号を選べるのですが、オークションの香港と違って抽せんです。日本政府の国庫には一円も入りません。
香港とは予算の桁が違うとはいえ、あーもったいない!

日本政府は増税を考える前に香港を見習って、もっと色々頭を使ってくれないかな…。

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