まほやくと私

このエッセイのあらすじ
「連日の激務。迫る納期。報連相のできない年上の先輩。夢も破れてしまったオタクの前に現れたのはストーリー一挙公開と満期の保険金で……。――すぐに課金した。ありがとうcoly。ありがとうフォロワー。そして、ありがとう10年前の私」

2023年9月。はっきり言って仕事も体調も最悪の月になることが火を見るよりも明らかな月だった。八月の下旬にコロナに罹患してからずっと後遺症に苦しんでいたし、そのせいで何ヶ月もかけて準備した主催するクラブイベントにも行けなかったし、しかも九月末に退職することが決まっていたのでその引継ぎと担当する案件と休んでいた間の業務とでおおわらわだった。朝から自転車で十五分の距離を息を切らしながら走り、頭がボーっとしたまま膨大な量の業務をこなす毎日。頭がどれだけ回っていなくてもできる唯一の気分転換の煙草も後遺症のせいか吸えば肺から血が出るんかくらいの咳が出る始末でもうほんとに全部最悪だった。
でも、そんな最悪の満漢全席みたいな幕開けだった2023年9月もあるゲームに出会ったことで一変する。そう、魔法使いと心を繋ぐ育成ゲームこと「魔法使いの約束」である。

まず、私がまほやくに「落ちた」際のスピード感を見てもらおう。

9月4日:ダウンロード
9月9日:1部読了
9月10日:課金する
9月11日:1.5部読了
9月27日:2部読了

自分で言うのもなんやけど早いって!早すぎてトップガンならベイパーコーン見えてるよ。今になって振り返ればこの時はストーリーが読みた過ぎて睡眠が3~4時間になっており、まほやくのいる世界のスピードに私の肉体がついていけてない状態だった。
でも、ほら、トップスピードで新しいコンテンツを駆け抜けるのって楽しいしさ……

正直、フルタイムで働く三十路のオタクにとって新しいコンテンツに食指を伸ばすのは並大抵のエネルギーではできない。重い腰を上げるだけのデッカいデッカいきっかけが必要である。では、私がまほやくを始めるに至ったきっかけとは何か。
そう、チレミスである。
作業通話中にした話の流れでフォロワーが送ってくれた第1部第20章第2話の双子とミスラのスクショを読んだ私はベッドの上を転げまわって喜んだ。(これはオタクの誇張表現で実際には「わーー!」と声を発しながらベッドを軽く叩いたに過ぎない。)
師弟関係だけど恋愛的な面ではくっつきそうでくっつかない腐れ縁な二人組。大好きや。絶対好きや。ひとまず頑張って1部ぐらいは読もう。
そう思って通話が終わるとすぐにダウンロードした。

ちなみにまほやくに関してのチレミス以外の事前知識は何となく顔と名前がわかるキャラが数人とショタコン過激派のオタクから聞いた「ショタなのに成長する双子がいる(血涙)」と、毒島メイソン理鶯が好きなオタクから聞いた朴訥マッチョ(当然レノックスのことである)がいるということぐらいだった。
そのあと、チレッタのビジュアルがまだ登場していないと聞いてから、「もしチレミスにハマったらアレ(※)以来の顔がないカップリングなのでは…?」と正直ちょっと身構えた。
だが、そんなことは杞憂だった。なぜならこの後、私はチレミス以上にネロ・ターナーのことがめちゃくちゃ好きになるから。百聞は一見に如かず。いや、百チレッタ一ネロに如かず。

ネロは不器用だが人と接していたい寂しがり屋で、元強盗ではあったものの子供と飯を大事にする東の魔法使いだ。私はいつの間にか自分は悪道を進みつつも子供は慈しむという倫理を持つネロに感情を揺さぶられてしまった。スポットエピソードにしろ1.5部での魔女とのやりとりにしろ雨の街でのエピソードはネロの人間性を表している。うわーやっぱめっちゃ好きやわ。みんな読んでる?(読んでるよ)
私は気づけば誕生日のネロが欲しくて課金していた。これまであまり真面目にソシャゲをしたことがなかったのでソシャゲへの課金自体が何年ぶりかというレベルだ。あまりにもガチャが必要なコンテンツに縁が無さ過ぎて、カードの履歴を遡ると最後に買った石は去年の夏に購入した趣味の篆刻(石に凝った判子を彫るやつ)用の凍石だった。石は石でもマナ石ではなくマジ石である。

マジ石とかなんとか言うとりますけれども、始めた当初は正直なところ世界観に没入できるかどうか心配だった。ファンタジーというのはありえない世界のようでいてその実、現実の世界の規範を強化したような設定であることも多い。血統や生まれた土地や宗教から自由になってもいいはずなのに、往々にしてそれらは絶対的なものとして描かれている。
そんなファンタジーの「絶対性」に飽きていたので、「ファンタジーなあ…まあ世界観が合わなければやめよ」ぐらいに思っていた。
が、しかしそれも杞憂に終わる。
生まれた土地ではなくどの場所で生きるかの心持ちで故郷が決まる魔法使いたち。魔法使いは血統ではなく突然変異的に生まれコミュニティを持たない。自分たちの心を尊重しながら生きる魔法使いたちの間には常に約束という切り札が横たわっている。
めっちゃオモロいですがな。1部の最後らへんなんかずっと泣いてたもん。お気に入りに登録していたらキリがないから途中でやめるぐらいお気に入りの言葉たちにあふれていた。

千年に一度の大事件みたいなものだと思っていた厄災が確定申告ぐらいの頻度でやってくるという設定なのもいい。いや、現実の確定申告も深刻な問題だけども。
最近のソシャゲは「キャラクター間の関係性もそれっぽくするけどプレイヤーとの関係性もそれっぽくする」ことで、キャラ間の二次創作も夢創作もしやすくしていると思うが、そこらへんのバランスも自分が好きなものだったので大変読みやすかった。
最初は「賢者様、では、契約の儀式を――」からのちょっとドキドキさせるようなイベントとか挟むのかなとか思ってたよ。最初はね。でも、魔法使いたちがそもそもそれどころじゃないし人としての倫理がちゃんとしてるので賢者の扱いが他店からヘルプで来た店員みたいなのだ。絶妙な距離感で気を遣ってくれてありがとうね。どうも…異世界店から来ました、賢者です。へへへ。
賢者も「わかりました!世界を救いましょう!」とすぐに救世主モードになるかと思いきやギリッギリまで「なんとかして帰りたいな」のマインドを捨てていなくてそれもおもしろかった。確かに帰りたいよな。だって周年の祝いの言葉が「生存おめでとう」な世界なんだから。(あれ、これソシャゲの生存競争のこともかかってる?)

最後にひとつ。私が激務に追われながらもそして退職してから無職のままでもまほやくを楽しめているのはぶっちゃけこのコンテンツが持つおもしろさによるものだけではない。
そう、満期で返ってきた生命保険の保険金によって得た心の余裕である。
退職寸前に心置きなく課金ができたのも保険金(そんな大した額ではないが)が手に入ったからだ。いやぁ、保険金って配偶者を毒殺したやつしか手に入れれないと思ってたけど違うんですね。十年間払い続けて健康でい続けると返ってくるんですね。※掛け捨てじゃなかったからです
まあ、まさか十年前の私も払い続けた保険料が【夜の帳に悪戯な笑みを】ネロになるとは考えてもなかったろうけど…
ちなみにネロは気を遣ってくれたのか最初の課金で来てくれたので大事には至っていない。耳を澄ませると聞こえるもんな「悪いよ賢者さん。十年間がんばって貯めた保険金を俺なんかのためにさ…」って呟くネロの声が。
ありがとう、ネロ。ありがとう、保険会社の約束。
これを読んだ人も十年後の自分のガチャの為に生命保険に入ろう!

※アレというのは、海外ドラマジャンルにいた時に私が好きだったカップリングである。サスペンスもので主人公の宿敵である連続殺人犯の正体がいつまでもわからないので、殺人犯×主人公を描いている人はほんとに苦労していた。

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