見出し画像

レコーディングにおけるクリックについての考察。

現在のほとんどのポップス(含むロック、R&B)のレコーディングはクリックを使って曲のテンポ(BPMとも言います)を作業の始めの段階で決めてレコーディングされ曲の中でテンポが変わる事は基本的にはありません。

ですがクラシック、ジャズは曲の中でテンポが変わるのが当たり前で、むしろ曲中のテンポの変化を曲のダイナミズムとして楽しんだりします。

なぜポップスはテンポを一定にしなければならないのでしょうか。理由は2つあると思います。一つはドラム、ベース&リズム・ギターといったベーシックなトラックの上に楽器のダビングやボーカルのレコーディングをしようと思った場合、トラックのリズムが揺れていたら作業が難しくなります。これはクリエィティブのためというより便宜的な理由ですね。ジャズやクラシックの場合、一発録りが基本的でダビングはないのでテンポを一定にしなくても問題ありません。

もう一つはグルーブの問題です。ポップス、特にダンス・ミユージックの場合は曲のテンポが揺れると踊りにくかったり、乗りにくくなるのでテンポを一定させることによってグルーブを出すのです。

1971年、スライ&ファミリーストーンは「ファミリー・アフェアー」という曲でリズム・マシンを多分、世界で初めてレコーディングで「楽器」として使いヒットさせました。これは機械のテンポが変わらない事がダンサブルなグルーブを産むことに気がついたのだと思います。

1979年、ジョルジォ・モロダーというプロデューサーはドナ・サマーの「アイ・フィール・ラブ」という楽曲で当時としては大胆にシンセサイザー、シークエンサーを導入し大ヒット。彼は80年代を代表するサウンドのプロデューサーになり、後のYMOにも大きな影響を与えます。ちなみにジョルジオ・モロダーは1975年からドナ・サマーのアルバムをプロデュースしていますが、それらのアルバム基本、生演奏だと思われますが当時のサウンドとしてはかなりタイトなタイム感のサウンド・プロダクションになっています。テンポが揺れないサウンドを追求したかったのだと思います。

そして70年代後半には安価なリズム・マシーン(ローランドが1963年にリリースした世界初のリズムマシーンは当時の値段で300万円近くしたそうです)が商品化された事により日本のレコーディング・スタジオでは常設されるようになりました

そして80年代年初頭から、ミュージシャンはクリックの合わせて演奏出来なければならない、という風潮が生まれてきたように思います。この件に関して細野晴臣さんは、そのせいでオーガニックなミュージシャンが存在しにくくなったというような事を発言しています。時代は遡りますが伝説のベーシスト、ジェームス・ジェマーソンはクリックに合わせて演奏するのが面白くないと思っていたと映画「永遠のモータウン」なかでコメントが出てきます。また日本で70年代後半までは一流のミュージシャンはクリックが無くてもテンポを安定させて演奏出来なければいけないというアンチ・クリック派のムードもあったそうです。

多少の反発がありながらもクリックを使うのが当たり前という世の中になって行きました。ですが僕が最近のこの件について目から鱗な事が二つありました。

テレビ番組の関ジャムでMISIAが出演した際にレコーディングではクリックを使わないと発言しました。番組の中では、コメンテーターからは、それがどおしたの?的な薄いリアクションでしたが、アレンジャーやミュージシャンにとってはかなり衝撃的な事実だと思います。(理由の説明や具体的のどうやっているのかあまり説明がなかったのが残念です)

それと70〜80年代を代表するアレンジャーの一人萩田光雄さんがレコーディングの最中にクリックのテンポを変えるのでミュージシャンが大変だったというインタビューを読みました。

クリックが絶対ではないという意見が80年代以降でもあった事に驚きました。

そう思って考えると僕は今まで多くのバンドをレコーディングして来ましたが、ドラマーの経験値が低い場合、クリックを入れてレコーディングをするとクリックにはあってはいるけれど演奏としては面白くなくなるという経験を何度かしました。そしてクリックを使うのは止めた事が何度かあります。

あるレコーディングでベテラン・ベーシストが若いドラマー(今は売れっ子プロデューサーですが)に「クリックに合わせられないなら聴くな!」とブチ切れた事もありました。

XTCのアンディ・パートリッジのインタビューを読んでいたら初代メンバーのドラムの時代はクリックを使っていないと発言していて驚きました。

それとナンバーガールも理由は定かではないですが一切クリックを使わなかったですね。使う、使わないの議論もした覚えもありません。ダビングもほぼないので、そういう意味では必要なかったですが、もしクリックを使ったいたらどうなっていたか聴いてみたい気もします。

グリーンデイの初期のヒット曲「バスケットケース」はドラムがどんどん走ろうとするのをベースとギターが引き止めているようにも聞こえます。

ベイシティ・ローラーズの「サタデイ・ナイト」これも最後のサビでテンポが上がります。前者は偶発的、後者は多分意図的なものだと思いますが、音楽的な効果を上げていると思います。

田中茉裕ちゃんという天才的SSWのディレクターをしていたのですが、彼女もクリックに合わせて一定のテンポでレコーディングするのを嫌がりました。彼女の出自はクラシックなのでテンポが変わるのは当たり前なんですね。

クリックを使ってテンポを一定させるというのが当たり前だと最初から思うのでは無く、今の打ち込み中心のレコーディングでは現実的には難しいかもしれないですが、なんでもそうなのですが、その音楽をより輝かせるためにはどうすれば良いか固定概念に捕らわれずに考えて行くべきだなぁと思った次第です。

今回もお読みいただきありがとうございました。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?