YouTube上で成田悠輔さんを観察した記録2

成田悠輔さんの観察記録2回目。YouTubeの日経テレ東大学チャンネルが終了して、アーカイブも一定期間後に削除されるということで覚えておきたい発言をまとめておこう。
(これも問題があれば下書きに戻します)

日経テレ東大学から大切なお知らせ

[2023年3月5日]

「僕は巻き込まれ的な感じでこんなに長くやるとはまさか思っておらず、フラフラと始めたら一年ちょいも続いてしまったということで、いよいよ朝起きなくてよくなるっていうのが嬉しいという感じで清々しい気分です」

「ということで迷走する雑談番組Re:Hack、迷走しすぎて各地で事故を起こしていよいよ終了となりました。雑談番組らしく、なんの中身もない雑談で最終回を終えるということになりまして、特に感慨深くもなくサクッと終わりたいなと思います。地球のみなさん、またいつかどこかでお会いしましょう。ごきげんよう、さようなら」

という成田さんの締めの挨拶が最高だと思ったんだけど、宇野昌磨選手が大好きな私は、最後に番組へのお世辞くらい…とか、視聴者への感謝の言葉がないとか言われそうだなと考えてしまうあたり、だいぶフィギュアスケート脳になっているな。体裁や常識にこだわりすぎず成田さんのこういう発言をニマニマしながら楽しめる人でありたい。

(成田悠輔にとっての正義とは?)
「正義感がすごく弱いんだと思うんですけどね。たぶん自分に対してはいろいろあるんだと思うんですよ、ただ人に対してこうあるべきだとかこうあるべきでないみたいな感覚がすごい弱いんだと思うんですよ」
「自分自身はこう思うとかこうも考えられるみたいな視点があるだけで、別にそれに従って他者を統制したいみたいな感覚は全くないんですよ。伝えたいみたいな感覚もないですし、だから結局人に頼まれない限りわざわざ出ていって何か主張したり自分から何か発信するってことは基本的にないんですよ」
「だからその問題意識自体は結構なんていうんですかね、実験というか新しいアイデアの論理性を試してみるみたいな感じに近いんじゃないですか。だからあんまり正義とか価値みたいなものっていうのに駆動されてる感じじゃないんですよね」
「行動原理は一番でかいのは単純な好奇心と興味みたいなのがでかいですよね」

成田さんの言葉を忘れないでおこう。よく私がそれとなく書いてしまう、正義を振りかざして有名人を叩かないでほしいという意味の言葉もまた、自分の正義を振りかざしているにすぎないのだと自制できるように。

【成田悠輔vsパンダ】日本の問題を再定義

[2023年2月12日]

幕開けの一言、「やる気はないのでユルめでお願いできればと思います」が好き。

(政治家と違い、Re:Hackの出演依頼を受けない)「経営者って慎重ですよね」
「あんなに縮こまって安全領域だけで動いてて、人生楽しいのかなっていつも見てて思うんですけど」「不思議ですよね、そんなに失うものあるのかなっていうふうに思いながら見てるんですけど」
「自己資本なんていう人ほぼいないじゃないですか、構造的にはそんなに変わらないんだろうなと思ってて、だからマーク・ザッカーバーグとかイーロン・マスクみたいにちょっと狂っちゃってるんじゃないかっていうくらい人に嫌われる方向にどんどん進む人たちはアメリカにはいるじゃないですか。ああいう人が日本の経営者にほぼ皆無なのはどっちが鶏と卵なんだろうなっていうのが不思議なんですよね。そういう人がいないからとんでもなく大化けする企業が生まれないのか、それとも大化けした企業にならないとそういうことができないのか、どっちなのか」
「意外になんか深い理由はなくて、そういうものだからっていう空気になっちゃっていてみんながその中で育ってるから同じような人たちになっている、ただそれだけの可能性も結構あるんじゃないかなと思うんですよね。そんなに深いこと考えてない、深いリスク計算とかしてないんじゃないかなっていう気がするんですけど」「だからひろゆきさん程度のおかしさでもあれだけ叩かれるのかもしれないですね、相対的に」

(なぜ目立つ人を叩きたがるのか?)
「僕はそんなになんとも思ってないって感じで、基本的に人に興味がないんで、この人の言ってることが良いとか悪いとか興味がないんですよね。別にどうでもいいって感じで」
「だから結局、左右のスペクトラムとか関係なく、みんなかなり究極的に暇でアイデアがない人たちばかりなんだと思うですよ、日本のメディアとか文化人業界とかって。だから根本的に考えることとかないから、結局時事問題についてお喋りしてる以外やれることがないんだと思うんでよね。で、時事なら一応簡単じゃないですか、世界が勝手にネタを永久に提供してくれていて、それについてキレたり泣いたりしてりゃあそれで一応数字が回っていくわけで、それが一番ラクじゃないですか」「僕から見ると議論する価値とか一ミリもないと思っていて、全く価値のない迷惑YouTuberのお遊びコンテンツに対して多くの人がぶちギレて、それで報道とかニュースの貴重な枠を使って日本人がますますバカになっていくっていう行動を繰り返すだけなんだなと思っていて、心の底から軽蔑している感じですね」
(番組Pの)パンダ「成田節やっぱ朝聞くと本当に気持ちいいな~(笑)」

私もパンダさんと同じで、短絡的に受け取ると毒のようで根底には愛があると感じる成田節が癖になっているかも。一見良い人を量産する日本社会へのアンチテーゼのような存在として活躍し続けてほしい。

(政治の分断化について)
「マクロな話についてやっぱり右か左かみたいな話になって右だと断言している人たちと左だと断言している人たちが徒党を組んで冷戦状態になっている」「その手の断言同士で冷戦を繰り広げるみたいなのっていうのは意味がないんじゃないかなって、慎重な学者としては思っている次第です」
「断言はできないってことなんですよね。断言がなぜできないのかっていうことを説明しているつもりなんですけど、断言できないっていう結論になるとそれは主張することから逃げているって思う人たちが世の中にはたくさんいるんだなと思って、頭の悪い人たちはかわいそうだなと思って見てました」

「データとか論理で結論を出すみたいなのってのは、すごいミクロで個別な問題については有効ですよね。だから何回も実験できるような企業の意思決定とか、個人とか家庭の意思決定とかであればいろいろ言えると思うんですよ。国の行く末みたいなものに関して、きっぱりとはっきり何かを言うっていうのは難しいですよね」
「政治については正しい方向かどうかってこととは別に、なんか単純にリーダー感があるのかとか、お祭り感があるかって側面があるじゃないですか。そっちがすごく弱まっちゃってるように見えるのは残念なことかもしれないですね」
「なので政治家の人たちには少なくともお祭りを引っ張っていくリーダーではあってほしいっていう要望はできるかもしれない」

(政治の立候補者を増やすには?)
「もっといろんな業界団体の利害を代表するような人が有象無象で政治の世界に入っていくってことが起きると、もうちょっと多様な利害が代表されてるちゃんとした民主制っぽくなるんじゃないかなっていうのは素朴に思いますけどね」
「やる気概がある人がどこにいるかって問題ですよね。二重にハードルがあって、一個は考えが強力な人じゃないとそもそも特に国政の場合は通らないっていう問題があるじゃないですか、でさらに通るような強力な人たちは別にすでにちゃんと力を持って仕事してるので出ていく理由がないっていう、このよくあるパラドックスはどうにかなんないのかなと思いますけどね」
「単純にかっこいいと思われればやる人はいると思うんですよ。みんなSNSとか金になんなくてもやるじゃないですか。だから要は人と繋がったり人に認められたり目立ったりするっていうことは、たぶんほとんどの人にとって何よりも大事なことなんだと思うんですよね。と考えると別に金に一切ならなくても単純にそれをやることがなんかかっこよかったり、すごい目立てたり拍手喝采されたりするみたいなモードにさえなればいく人はいくらでもいると思うんですよね」

日経テレ東大学の終了は私みたいな政治に疎い人間が成田さんのフォローありきで触れる機会の損失だと思うけれど、個人的に『夜明け前のPLAYERS』の河野太郎さん回がとてもよかったので、成田さんには引き続き政治家の方との対談をお願いしたいです。

Re:Hack お盆だから生放送SP

[2022年8月14日]

(アメリカの助教授について)
「自分で勝手に研究グループを持って自分でやってるっていう感じなんですよね。なんで結局、例えば日本で特に国公立大学の理学部とか工学部とかにすると研究室みたいなのがあってそこに教授がいる、で、それ以外にも局員が何人かいるみたいな仕組みがあったりするじゃないですか。アメリカの場合はそれがないんですよね。基本的に一つのグループとか一つのラボになんちゃらプロフェッサーって付く人が一人っていう感じで」
(アメリカの教授との違いは)
「まぁまぁいろんな、ちょくちょく権限的なものとか、どれくらい偉そうかみたいな違いはありますけど、純粋に研究を実行していく上での違いっていうのは特にないという感じですね。それぞれ勝手にチームを編成して、勝手に必要な資源を取ってきて、勝手に研究をやって勝手に成果を発表するっていう意味では変わらない」

(ひろゆきさん「でも成田さんって人付き合い苦手なのにそういうチームでスタッフ雇ったりとかちゃんとやってるんですね」)
「うん、まぁそうですね。ただ僕の場合は結構ちっちゃくて比較的短期間のチームみたいなものを組む場合が多いので、例えばバイオの研究でラボをしっかり持って常にポスドクとか院生を二桁人数抱えてみたいな感じの企業経営っぽい感じの研究は特にしてない感じです」「なんで完全に人付き合いとかマネジメント的なものがないわけじゃないんですけど、それがメインではないって感じです」

(ひろゆきさん「なんか働かないスタッフとかがいた時に、成田さん怒るのすごい苦手そうじゃないですか」)
「そうですね、僕そこらへんあんまり気にしてないっていうか、まぁまぁ結構そういう人も人間のうちっていう感じで優しくしちゃうタイプなんでダメなのかもしれないですね」「最低限のスクリーニングはあるっていうのもありますし、あんまり逃げ出したくなるようなタスクを山のようにドカンと渡して、ひたすらやらせるみたいな拷問みたいなことはやりたくないタイプの人間なんで、あんまりやってないんですね」

(ひろゆきさん「イェール大学くらいまでいくとあんまクズっていないんですか。日本の私立大学とか結構クズ多いんですけど」)
「クズかどうかはともかく結構、心とか体を病むみたいなパターンは当然多いんですよ。ただまぁそうなると、結構自主的に去る人が多いですね。あんまりこだわりすぎないっていうか、合ってねーなって思うと結構去っていく人が多いっていう感じで」
(ひろゆきさん「追い出される前にプライドが高いから自分から撤退みたいな」)
「っていうのと、たぶん社会全体とか労働市場全体の流動性っていうか、人が常にグルグル回ってる感じじゃないですか。だからなんか合わなかったらまぁまぁ、それはそれって感じで次の場所を見つけて動いていくみたいな感じのカルチャーが染み付いている感じはしますよね」

「僕ちょこっとだけ東大の大学院にいてその後MITに行ったんですけど、一個すごく大きく感じる違いは結構、東大とかだとグズグズであんまうまくいってなくて人間関係もうまくいってない、成果とかも出てないって感じなんだけど、ひたすら大学院に居続けちゃってなんかどんどん蟻地獄にハマってくみたいなパターンをすごい見たんですよ」
「MITに行って一個すごい違うなと思ったのは、うまくいってなかったり、あとはなんかそもそもこれやって意味あるんだっけみたいな疑問を抱き始めたタイプの人はどっかの段階できっぱり去っちゃう人が多かったっていう印象がありますね」
(ひろゆきさん「それは去る先は結構すぐ見つかるんですか」)
「全然普通に大学院を途中でやめて企業行く人もいれば、国際機関行く人もいれば、別の分野の大学院に移るとかっていう人も普通にいましたね」
(ひろゆきさん「日本だとアカデミーの世界から外れると塾講師くらいしか仕事がないみたいな人結構多いじゃないですか」)
「だからそういう意味でいうとやっぱり大学の大学院的なものと企業との垣根は全然低いと思いますね」

内容が多すぎてまとめきれないけれど、公園でお酒を呑みながらの雑談がこんなに高度で面白くて、ちゃんとコンテンツになる人って日本人ではなかなかいないと思う。

日経テレ東大学の中でも特に成田さん、ひろゆきさん、パンダさん(高橋P)の雑談回が楽しくて深くて好きだった。成田さんが自由人すぎた群馬への旅も(まとめる内容ではないけど)かなり面白かったなぁ。

ゆる~く!2時まで生テレビ

[2022年1月1日]

(インターネットを想定していなかった昔の時代に発想された民主主義や選挙に対して、今の時代はどうしたらいいのか)
「僕はやっぱ主に二つの方向性しか今はないと思っていて、一個は中国がやっているみたいに今の社会で昔の古き良き社会に近いものを無理やり人工的に作り出してしまう方法が一個あると思うんですよ。メディアもガンガン統制していって、みんなが好き勝手にいろんな情報を手に入れて好き勝手なことを発信するみたいなのはヤバイから結構ガンガン規制していって、メディアの数も減らして昔なんか地上波の電波をいくつかのテレビ局が独占して、それが国民の世論を作り出していたみたいな時代をデジタル版で再現するみたいな感じですかね。それが一つのちょっとディストピア的な方向だと思うんですよ」
「あともう一個は昔コミュニティみたいなものが担っていたような役割っていうのを今の環境で作り出す、で作り出すっていった場合たぶん地元とか物理的な空間とか場所みたいなものに紐付かせるのはもはや無理なので、デジタル空間に今存在しているいろんな関心とか意見とかに基づく、よくわかんない村社会みたいなのが大量にあるわけじゃないですか、インターネット上に。その中に昔起きていたような情報が徐々に少しずつ議論されながら集計されていくみたいな仕組みをどうやって作るかっていう、まぁこの二つの方向性なのかなと」

(ひろゆきさん「成田さんってちゃんと民主主義というか全ての人が正しく理解できるという前提でまだいるんですね」)
「というか、そこに向かって進んでいくべきだと実は思っているっていう感じで」
(ひろゆきさん「あ、そこはじゃあできるもんなんですね」)
「それに向けて何ができるかっていうことですよね。で、そういうふうに普通の人とかを信じる理由はあるにはあって、今の普通の人って読み書きとかできるじゃないですか。なんでツイッターで意見言ったりはするわけですよね。で算数くらいはできるじゃないですか。これって数百年前までは全くできなかったことで」「それをこう国とか国家とかの教育の力で昔だったら信じられないくらいスーパーマンに近いくらいまでリテラシーを上げてきたっていう歴史はあると思うんですよ。それが二十世紀の後半のどこかでストップしてしまったっていう感じがあって、それをもう一度こう歯車を回し始められたら、普通の人による民主主義みたいな仕組みがもう一度動き始める可能性はあるんじゃないかなってちょっと期待しているところです」

ひろゆきさん「(昭和の時代と令和の教育が変わらない中で)多数派が必要な情報に追いついて正しい判断をするというのは、情報の増える速度と理解する速度と、多数派の人たちが習得する速度でいくともう追いつかない気がするんですよね」

「そういう気は確かにするんですよ。だけど昔だってそういうことは言えたと思うんですよ。つまり十九世紀くらいに起きたいろんな産業革命とか科学技術革命みたいなものがあったじゃないですか。あれってそれ以前と比べると爆発的に知識とかできることとか産業の複雑性が増えていたっていうことは言えると思っていて、実際に経済成長への貢献とか生産性への貢献とかで言ったら、いわゆるIT革命とかの比にならないくらいの影響をもたらしたわけですよね。だけどそこで起きた第一次第二次産業革命とかルネッサンスあたりで起きたような非連続な変化っていうのは、そこそこ教育カリキュラムとかに埋め込まれてると思うんですよ」

(ひろゆきさんの「成田さんは淘汰を忘れている」という反論を受けて)
「いやいや、そうでもなくて遺伝的な淘汰ってそんな数十年とか百年とかいう単位で猛烈に起こるものじゃないですよね」
「人間の知能とか肉体的な能力とかって遺伝的な選択によってすごい短期間にそんなに変えることはできないと思うんですよ。それよりもはるかに大きな影響ってのはどっちかっていうと教育とかノウハウとか技術みたいなものだと思っていて、例えば今日のオリンピック選手たちって数百年前の最も身体能力が高かった人たちとは全く比較にならない桁違いの能力を持っているわけですけど、それは彼らの体が根本的に遺伝的に違うからではなくて、その体の使い方に関するノウハウが時代を通じてどんどん蓄積されていって、その蓄積の速度っていうのが人間の体の変化の速度とは桁違いに全く違うレベルで速かったってことだと思うんですよ。で、それと同じことが人間の知能とか知識についても起きていて」「これを成し遂げた二十世紀半ばまでの教育制度の変化とかイノベーションとかはものすごいものだったと思うんですよね。で、それと同じようなことを起こしたとしたら今よりはずっとマシな状況になるんじゃないかと思っているということですね。ただそれが現実世界の変化に追いつけるかどうかって言われるとまぁわかんないです」

(簡単にまとめると、民衆を信じる成田さんvs民衆を諦めているひろゆきさんという立場で、さらに白熱の議論が続いた末に)
「僕も現実的にはそうなんですが、そういう視点を取ってしまうとピーター・ティールのように人類を見下して、その人類からいかに自分の島を引き剥がすかっていうことを考えるっていう他なくなるんじゃないかという気がして」
(議論がうやむやに和やかに終了し)
ひろゆきさん「(ニコニコと)わりと僕、今日の話で成田さんのモチベーションの部分が聞けたんで面白かったですね」

ひろゆきさんの追及って相手の信念が知りたいという意味で、成田さんみたいにちゃんと信念がある人に対しては意見が違っても聞けてよかったっていう結論に着地するけれど、信念が引き出せない人に対しては論破っていう見え方になっちゃうんだろうな。

(追伸)ひろゆきさんについて


私がYouTubeで日経テレ東大学を初めて見たのは、2021年9月12日、9月19日に投稿された華原朋美さんがゲストのRe:Hack(チャンネル内の人気番組)だった。

日経テレ東大学の存在は知っていたものの、なんとなく見ないという選択をしていた時期があって、その理由がまさにこの回のタイトルやサムネイルに書かれてあったので見た、という感じだった覚えがある。

これは紛れもなく私の偏見で、今思うと本当に申し訳ない気持ちになるのだけれど、私はひろゆきさんがどういう方かをよく知らないまま、ネット上の掲示板を作った人だというだけで苦手意識を持っていた。
人々の声を可視化できる場所を作っただけの人に罪はないとわかっている、だけどそこが有名人を苦しめる場所だとか、日本人の心が荒むきっかけになったのではないかと勝手に思い込んでいたことを、この回以降の、このチャンネルを見ていて反省した。

この回での成田さんのひろゆきさん評
「たぶん、これだけすごいまともで冷静で合理的に人間の本質を見ているからこそ、ああいうダメな人間たちの本質をあぶり出すような場所を作れるんじゃないですかね」
というのは、本当にその通りだ思う。

ひろゆきさんが創設した掲示板をもっと有効に使うこともきっとできたはずで、シャイな日本人がバーチャル上で建設的なディベートの経験を積めたり、ポジティブに知的好奇心や創造性を高め合う場として、そこから多くの革新者が育つといったようなパラレルワールドの日本があったかもしれない。

日本のマーク・ザッカーバーグが生み出した交流の場を日本人がうまく活用できなかっただけなんじゃないか。ひろゆきさんはおもしろコンテンツみたいに消費されていい人ではなく、もっとリスペクトされて国民からリーダーとして愛される可能性のある人だったんじゃないかという気がする。
自分が生み出したものを多くの人にネガティブに使われて理不尽に責められて、なお人への優しさを失っていないのが本当にすごい。本来ものすごく愛と勇気の人だったんだろうと感じる。そう感じられる私に変われたことをこのチャンネルに感謝します。

日経テレ東大学に関しては、私は視聴回数の多い回を見るくらいのミーハーでライトな視聴者でしたが、それでも多くの学びがありました。ありがとうございました。