2000本も、限界も、遥かその先まで
時の流れは止まらない。来るな、来るなと思っていても、徐々に、確実に、その時は近づいてくる。現実を目の前に突き出されるたびに、否が応でも意識してしまう。
今年のロペスは、苦しんでいた。ここ2年ほどはずっと「今年はもう衰えるだろう」という人がどこかにいた。だがロペスは毎年のように下馬評を覆し、率は下げても勝負強さやホームランの数で健在し続け、筒香や宮崎やソトが不調な時にこそ気を吐く頼れる存在だった。
今年は、それが違った。この弾道ならスタンドに届く、このコースなら弾き返す。去年までなら、そうだった。そんな当たりがことごとくフェンス手前で失速し、レフトのグラブに白球がおさまる。1塁をオーバーランした時、ホームインした時に十字を切るロペスがなかなか見られない。
打順を下げろ、スタメンから外せ。ソトがファーストもできるという事情もあってか、そんな声は今までよりも多くなっていった気がする。
ベテランはみんな、気温が上がれば勝手に調子が上がるんだよ。それまで出続けることが大事なんだ。今に見ていろよ。最初はそう思っていた。だが、6月に開幕して早々に暑い夏が訪れたが、ロペスは一向に結果を残せない。入るはずの打球が入らないのを見る度、悔しさが悲しさになる。
もしかして、もう本当にダメなのか。
ロペスは私の中で印象深い外国人だ。ベイスターズファンとしてもそうだが、巨人ファンとして、彼が初めて日本に来た時からそうだった。
まず、ずんぐりした体型にあって、「セカンドを守れる」という触れ込み。機敏で小柄な選手が多いセカンドというポジションと、彼の見た目がどうにも結びつかず、ちぐはぐな面白さがあった。
そして、巨人にしては珍しく活躍した自前の外国人である。巨人の外国人といえば、活躍しているのは多くが他チームのお下がりで、自前で獲得した外国人はボウカー、エドガー、ライアルなど中途半端な選手ばかりだった。
そんな中、来日初年度に打率3割を残したロペスは、私にとっては初めての「成功した自前の外国人」だった。そういえばこの時も、見た目の割にホームラン(18本)よりも率(.303)なのか……と似合わなさを感じたものだ。
翌年は、逆にホームランは20本超えを果たすが、今度は打率が2割4分台にまで低迷してしまう。他の外国人の台頭や阿部慎之助のコンバートなどチーム事情もあって、たったの2年でロペスは巨人を退団してしまうことになる。
その後ベイスターズに迎えられると、ロペスの打棒は一気に復活した。若くて伸びしろしかなかったチームカラーもマッチしたのか、巨人にいた頃よりも陽気さが全面に出てくる。それからはもう、ハマスタのファーストに、クリンナップにいて当たり前の選手にまでなっていた。
横浜に来た時点で30歳を過ぎており、その時から選手としてはもうベテランにさしかかっていた。不調に喘いだことも、一度ではない。ただ、その度に復活を果たすのがロペスだった。
どんなに打てなくても、ファーストにはロペスがいた。不調でもその名がスタメンから消えることはない。むしろ、本調子でない時こそ3番に置かれ、ある日突然何かを思い出したように打ちまくりはじめる。
だから、打てなくてもロペスのことは信じる。信じて来た。
今年は、自分の信心が試されているのだろうか。わかってはいる。わずかに届かない打球が伝えてくる。ロペスにもうかつてほどのパワーはないと。残された時間は、もう短いものなのだと。
我慢の起用が続いたが、だんだんスタメン落ちが多くなり、8月26日、ついに登録を抹消された。暑くなれば打てると信じていたその8月に。結局夏になっても復調まではいかなかった。
ということは。もう本当にロペスはダメなのか。
半ば、諦めに似た心の準備を始める自分がいた。その時が来ても、ショックを受けないように。大丈夫、後釜はいるし、オースティンだってそのために獲った側面もあるさ。
ただ、1つだけ忘れていた。ロペスは、下馬評なんか覆すのだと。
9月22日、ひょっこりと1軍に復活し、あっさりその試合でヒットを打った。今年の9月は拍子抜けするくらい残暑が足りないというのに。暑くなればなんて枕詞はいらなかった。爆発、とまではいかないが、ジワジワとヒットを重ねる。「チャモメーター」が、再びカウントを始めた。
「私を殴れ……たった一度だけ、ちらと君を疑った」メロスの親友・セリヌンティウスは処刑場に駆け込んできた友にそう言った。処刑を前に「メロスは来ます」と言い続けたセリヌンティウスでさえ、一瞬はそうなった。何かを信じるというのも、また苦しく、果てのない行いだ。
すっかり肌寒くなった10月、ロペスはいつも通りに打席に入る。もう4番は筒香じゃなくなったけど、上しか見ていなかったあの時と同じ、3番ファーストとして。初球から手を出してファール。ロペスらしい。そこからはじっくりガマンして、フルカウントまで粘る。
6球目、思いっきり引っ張る。白球が飛び跳ねたサードの頭上を越える。切れるな。走りだした時に少しだけ下を向いたロペスは、そう思ったのだろうか。
打球はラインの内側に弾む。
セリヌンティウスはこんな気分だったのだろうか。あれだけ信じようとしたロペスを、少し諦めた自分がいた。だが、ロペスはやっぱりロペスだった。
オーバーランして、レフトに向かって吼える。1塁ではいつものように十字を切るかわりに、天に両手を挙げた。レフト線を破ったのに1塁で止まるのも、本当にロペスらしい。
そういえば、今年は開幕前のオフィシャルイヤーマガジンでも今後について語られていた。
「自分の去り際は誰に言われるわけでなく自分で決めたいと思っているんだ。だからこそ試合に出続け、必要とされることが大事なんだよ」
そうだった。どこが限界かなんて、最後は自分にしか決められない。もういいと言うまで見届けよう。その時には、何本のヒットが重ねられているだろう。
2000本おめでとう、ロペス。頼りになるぜ、エル・チャモ。
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