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大阪?神戸?オリックス・バファローズのアイデンティティを探して

 大阪は、住めばほぼ普通の地域だ。誰もがボケるわけでもなければ、早口でまくし立てる人ばかりでもない。トラ柄のオバちゃんにも出会っていない。これらは大阪のイメージでしかない。

 ただ1つ、イメージと現実が完全に一致することがある。

 阪神タイガース推しである。街も、店も、もちろん人も、トラ、トラ、トラ。

 ちょっと待て。阪神タイガースの本拠地は兵庫県だ。れっきとした大阪を本拠地とするチームがあるではないか。
そう、オリックス・バファローズだ。
 大阪が抱える唯一の球団にもかかわらず、イマイチどころではない影の薄さ。これはなぜなのか。

 たしかにオリックス・バファローズはよくわからない球団だ。近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併を経て生まれ、大阪にも神戸にもルーツがある。
母体はブルーウェーブ、ホームは大阪、チーム名はバファローズ。球団のアイデンティティはいったい何なのか。ここに、オリックス・バファローズが大阪の球団として定着しない秘密があるのではないか。

近鉄は合併して"いただいた”

 その謎を探るべく、隣県・奈良県の居酒屋を訪れた。店内には壁から天井まで1万点を超える古今東西のパ・リーググッズがギッシリだ。

ビークレ カウンターと天井

 ここ、「ビークレイジー」(以下、ビークレ)を切り盛りする店主・浅川悟さんは子どもの頃から近鉄を応援し、球団存続のために署名活動までした生粋のファンだ。
 今も営業中はオリックス戦を流し、合併前から現在までバファローズを見続けている浅川さんに今のオリックス・バファローズをどう見ているのか尋ねた。

浅川さん

 「僕はね、近鉄は合併して“いただいた”と思っているんですよ」
 合併のことを訊くと、浅川さんはそう切り出した。近鉄ファンにも助けられなかった40億円の赤字を抱え、渡りに船でブルーウェーブと合併したというのが浅川さんの見解だ。

パ・リーグには難民がいる

 合併後の球団に関しては、ここ2年半ほどまで、12球団一みっともないライトスタンドと思っていたという。阪急、ブルーウェーブ、近鉄と3つのルーツを持つが故に、各チームのユニホームが混在し、球団以前にファンが一つになれていない。まさにアイデンティティがわからない状態だ。

 当のオリックス・バファローズはイベントで3球団の復刻ユニホームを選手が着用したり、販売したりと、3つのルーツ全てを球団の歴史として使っている。

 これについて、浅川さんの捉え方は2つある。浅川さん個人は、2011年に近鉄の復刻デーに参加した。逆転サヨナラ勝ちに近鉄の面影を感じ、グッズも買った。が、翌年には「近鉄のブランドを骨の髄までしゃぶりつくす気か」と感じ始め、復刻デーにも球場に行かなくなった。
 ただ、ビークレを開いてから変化もあった。合併の1年前に生まれたオリックス・バファローズファンの女の子に「復刻デーを通じて、近鉄バファローズという球団があったことを知れた」と言われたのだ。

 近鉄の歴史は2004年で止まっている。だが、復刻イベントやグッズは過去、そのチームがたしかに存在したことを伝えてくれる。

 近鉄だけではない。阪急は、近鉄が伝説の死闘をくり広げた1988年10月19日に身売りした。その10.19の相手だったロッテも、川崎から千葉に移転。南海ホークス、西鉄ライオンズもそれぞれ、ホームと親会社は変わっている。後楽園を巨人と共有した日ハムも、すっかり北海道の球団だ。
 パ・リーグの歴史は身売りや移転の歴史であり、その数だけ当時から時を動かせていない“難民”がいる。
 そんな難民のためのスペースがあってもいい。それは、ビークレを営む浅川さんの思いの1つだ。

ビークレ スコアボードとユニ

 アイデンティティの、最後のピース

 浅川さんにとっても、オリックス・バファローズはあくまでオリックス・バファローズだ。近鉄でも、ブルーウェーブでもない。

 1988年に誕生したオリックス・ブレーブス/ブルーウェーブは2004年までに16年の歴史を刻んだ。今年17年目のオリックス・バファローズの歴史は既に前身のそれを超えた。「12球団一みっともない」と浅川さんが感じた応援席にも、オリックス・バファローズのユニホームを纏うファンが増えた。

 今、浅川さんはビークレをオリックス・バファローズのファンを増やす場にできないか考えている。球団の地元に店があるため、コアなファンは京セラドームに赴く。だが、ビジターの日は、ビークレにファンが集まれないか。

「オリックスにゆかりのある店があって、オリックスファンが集まる日で、まあ友だちでも作れるし、じゃあここで応援しようよっていう日を作っていく」

 ビークレには今、難民も、現在の球団のファンも集う。
 オリックス・バファローズが失点、凡退すれば店内ではため息と文句が聞こえる。逆転すれば、歓声に満ちる。交流戦優勝の翌日、T-岡田がサヨナラ打を放った瞬間は、全員が立ち上がり、エアハイタッチが交わされた。

ビークレ 歓喜


 それは一瞬だけかもしれない。が、1つの試合にその場の全員が失望し、歓喜する。その光景は、娯楽としてのプロ野球の原点だろう。

 球団の人気について浅川さんはこうも語った。
「阪神があるからオリックスの人気が出ないってのは、それが全てじゃない」

 「オリックス、弱いんですよ」

 他球団の歴史にあって、オリックス・バファローズの歴史にはないもの。優勝という大きな1ピースが、まだ欠けている。

 3つのルーツが集まった末に生まれた、阪急とも、ブルーウェーブとも、近鉄ともちがう大阪の球団・オリックス・バファローズ。
 そのチームには、過去を知る人も、知らない人も、3球団の難民をも、魅了する力がある。

 生え抜きの役者は揃ってきた。交流戦でも優勝した。あと1つ、一番大きな1ピースが揃った時こそ、オリックス・バファローズが大阪のチームであると、胸を張って言えるようになるのかもしれない。


※以上の文章は、文春野球フレッシュオールスター2021( https://bunshun.jp/articles/-/47106?utm_source=twitter.com&utm_medium=social&utm_campaign=socialLink )

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