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五行小説

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五行とは万物における「業」であり。すなわち、世にも奇妙なショート(ちょっとだけ)ホラー。
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喪中ハガキ

しまった! もう亡くなった人に年賀状を出してしまった! と、思い出したのは、松の内が明けた頃にその方のご主人から喪中ハガキが送られてきたからである。 後の祭りってやつだ。 ご主人にお詫びのハガキを送ろうか、電話でもした方がいいだろうかと、しばし考えてからふと気づく。   あれ…… 確かご主人もだいぶ前に亡くなられたはず……。

パソコンが使えない

「えっと……この”ctrl”ってキーを押しながら”C”を押すと……ああ、間違えた。」   「ちょっと、コピー&ペーストくらいのことができないって、どういうこと? ひどすぎますよね。」 「最近の社員はパソコンも使えなくて役に立ちません。このままじゃ窓際の席に行ってもらいますよ。」 「ああ、部長。得意先とコミュニケーションが取れなくて営業から異動になった社員たちがパソコンも打てなくて使い物になりません。」 「ひと昔前と逆転していますからね。今やパソコンを使えるのは「2ち

履歴

-- 320年前の今日、私は備前の百姓の家に生まれました。名を「いち」と申します。貧しい家で朝から晩まで両親と夫の仕事を手伝い、子供を八人産んで育てました。将軍様のおいいつけでお犬さまや虫を殺して罰せられた人もいたらしいですが、おらの周りではそこまで厳しく言われる事はなかったです。いつの間にかその決まりもなくなっておりました。   -- 220年前の今日、私は越後の浅川の庄屋の家に生まれました。名を「一」と申します。私が二つの時に、家が百姓に襲われ打ち壊されました。私は幼

あいさつに来て

「隣に誰か引っ越してきた気配があるのに、ウチに全然あいさつがない。最近の若い人はなってないわ。」 と、向かいの奥さんに愚痴を言ったのは、つい昨日の事である。   買い物から帰ってきたら、小さいおじさんがチョコンと茶の間に座っていた。   「こんにちは。はじめまして。」   「だ……だれです?」   「最近、この近所に来た者です。」   「はあ? 黙って入ってくるなんて泥棒と同じじゃないですか。警察を呼びますよ! 」   「だって。怒ってたって向かいの

帰ってくる

今日も、夫はちゃんと帰ってきた。   気配を感じて玄関をふと見たら、キッチンと廊下の間にかかるのれんの下から足が見えた。 「お帰り。」 と言ったけれども、返事がない。 ない。のではなく、たぶん、できないのだ。   夫には首がもうない。 そして今日は足だけ帰ってきた。   一体、どこでこんなにバラバラにされたのか……。

無料処分

はい。確かにこちらでは5年ほど前までブラウン管テレビなど無料でお引き取りしていました。 送料だけ持っていただいて、箱に詰めて送っていただければ、後はこちらで全て処分させていただくシステムです。 ですが、現在、そのシステムには不具合があり、停止させていただいております。   えっ……だって、テレビじゃない物を平気で送ってくる方がいらっしゃるので。 何でも無料で処分できるわけじゃないんですよ。   手とか……足とか……。

悪習

大人になるにつれ、他人の言葉が本音なのか建て前なのか分からなくなり、カードのお告げに頼って行動するようになってしまった。 古びた木の箱に入ったタロットカードを買ったのは学生時代のこと。 あの頃はこの箱を出すと、みんなが周りに集まってきた。   友達との交流が目的でカードをめくっていたのに、今は一人で行動を確認するためにめくる。 どうしてこんなに寂しい人生になってしまったのか。 何か。何か良くない「気」のようなものが、恐らく私から出ているのだろう。 どうしたらいい

手相を描く人

「手相描き師」という人を知っていますか? その人に足らない相を描いてもらうと運勢が変わるといいます。   例えば、生命線を伸ばしてもらうと寿命が延びます。 運命線を描き足してもらうと運命が変わります。 結婚の時期も変わるといわれています。   えっ。その人を探して何を描き足してもらうのかって? いえ。私は描いてもらいたいのではなくて、弟子入りしたいのです。 描き方ではなくて、消し方を知りたいのです。   介護に疲れてね……家人の生命線を……。

私、こう見えましても

私は子供の頃から「いじられ」やすい。 「いじられる」といえば聞こえが良いが、要は馬鹿にされているのである。 いつもニコニコした顔を作って、気弱そうな私をさげすむ人たちをやり過ごしてきた。 けれども、そろそろ、やめようと思って。   ―― 私、こう見えましても……   ―― 神さま ―― なんです!   「そう叫んで教室で刃物を振り回し始めたところを教師が取り押さえたという事です。」 「なぜ自分を神だなんて思い込んでしまったのでしょうか。」   「たか

中の人

寒くなってきたので、やっとファンヒーターを出した。 1年ぶりに灯油を入れて電源をオン。 横に広がった口から温風がゴォーーっと吹いてくる。 真っ暗な冬の夜、仕事から帰って来て、ホッとするひと時。 しかし、さっきからどうも時々カチカチ音がする。 調子が悪いみたいだなぁ。 そろそろ買い替え時かしら。   ーー 買い換えるなよ。   えっ? ーー 不調じゃねえから、捨てるなって言ってんの。   で、でも、カチカチって……。   ーー カチカチじゃなくて、舌

事故物件

先日契約した家のことなんだが、どう考えてもお化けハウスだ。 毎日、皿が飛んだりドアが勝手に開いたり、血みどろの他人と暮らさなきゃならないこっちの身になってくれ。 事故物件には告知義務があるはずだ。   ―― お客さま、しかし、あれはあの部屋で亡くなったモノが出てきているわけではないので、物件が事故だとは言い難く……。   ―― 怪現象が起こる事は存じておりましたが……。見える人と見えない人がいるので。えっ。どういう人なら見えるんだって?   ―― あの部屋に住

おぼえとけ

ICカードを自動改札に押しつけ、家路に着くために急ぎ足でホームに向かう。 きちんと右側通行を守る人の群れに混ざって歩いていると、反対方向から突っ込んで来た小さい人とぶつかった。 子供かと思ったら、背の低いおじさん。 すれ違いざまに、 「おぼえとけよ」 と、まん丸い目でにらまれた。   自分から突っ込んできたくせに……。 と、少しムッとしたが、今どき「おぼえとけ」なんて子供でも言わない。 振り返ると、おじさんはあちこちで人とぶつかり、そのたびに「おぼえとけよ」

同居

父が中古の一戸建てを買ったという。 母は、もうこの世に居らず、私にも夫の親がいて、父との同居は出来ない。 なぜ、母と暮らした家を捨てたのか。 父の真意は私には解らなかった。 ただ、解っているのは……。 父は新しい家で「誰か」と住んでいる、ということである。 毎朝、父の同居人からメールが来るのだ。   ―― そろそろ断捨離する?

臭いがする

最近、隣りの家から悪臭がする。 余所さまの臭いには、なかなか文句が言えないものだが、換気するたびにこれではたまらない。 お隣さんは、ご夫婦で60過ぎ。 加齢臭とはこういうものなのかなぁ……。   そのような事を考えていた、ある日のこと。 外出先から家に入った時、一瞬、自分の家から隣と同じような臭いがした。 人間は自分の家の臭いにはなかなか気づかない。 慌てて家中に消臭剤を吹きかけたが、家の中に入って慣れてしまえば、消えたかどうかも判別つかない。   他人の家