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アクセルの死(2021年11月10日)

デンマークで一緒に暮らしていたおじいちゃんのアクセルが、日曜日の朝亡くなったそうです。

もともと癌を患っていたのですが、娘さんからは、去年あたりに退院して元気に過ごしているというところまでしか、聞いていなかったので、突然のことでした。次日本から会いにいけるのは、しばらく先かなと思っていて、コロナが明けたら会いに行きたいと、漠然と考えていました。

知らせを受けた日曜日は仕事で、早起きして久しぶりにオフィスに向いました。電車の時間や乗り換えを調べたり、来客と話したり、プリンターの設定を直したりするうちに、悲しい気持ちはどこかへ見失ってしまった感覚がありました。

こんなに大切な人なのに、デンマークで一番の友人だったのに、日曜日の東京の仕事なんかのせいで、悲しんでいる自分の心に寄り添うことすらできなかったことが、とても悔しくて恨めしく感じました。

大切な人の最期くらい、ちゃんと悲しんでいたかったと思いました。

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さて、これを書いている今日は火曜日です。朝から夜のような天気だったので仕事を休んで蝋燭をつけました。

たとえコロナが終わったとしても、仕事をやめてスケジュールを解放したとしても、貯金を使って明日の飛行機を取ったとしても、もうあの大きい体に不釣り合いな優しい目の光に会うことはできなくなってしまったという事実を、もう一度見つめ直してみています。

東京の僕の生活は虚しいくらい何一つ変わらないのに、アクセルが世界のどこかにいるという事実がなくなっただけで、世界の重さが全く違うものになってしまったようです。

僕はデンマークに住んでいた時期、本当に幸福でした。

友人が紹介してくれた廃墟の一室にある嘘みたいな音楽スタジオも、

カフェで知り合った画家と交わした人生についての会話も、

夏の夜に友人と飲んだビールも、冬に雪を見ながら飲んだコーヒーも。

帰国してしばらく、あの2年間が思い出になって消えてしまうことを拒絶していた自分がいました。アクセルと二人で何回も聞いたアルバムは、帰国してから封印していたし、アクセルと一緒に住んでいた住所を冠してリリースしたHolmeparkvejというカセットテープは、実は数回しか聞くことができていません。デンマークで仲間たちとリリースしたEach Of Youというオムニバスアルバムに関しては、今に至るまで一度も再生することができていません。当時の気持ちや情景を、安易に東京の雰囲気に触れさせたくないと思っていたのです。

でも、3年半ほどたった今、次第にようやく、わかってきたことがあります。

それは、思い出は、だんだん身体や心に浸透していくということです。消えてしまうのではなく、自分の一部になるということです。

大切な思い出は、感じ方、世界の見方に姿を変えて、心に沁みこんでいって、やがてはいのちになっていくのだということがわかってきました。

アラスカを旅して自然を見つめ、クマに襲われた亡くなった冒険家、星野道夫の著作にこんな一節があるので、紹介します。

「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕日を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちを、どんなふうに伝えるかって。(中略)その人はこう言ったんだ。自分が変わっていくことだって... その夕陽を見て、感動して、自分が変わっていくことだと思うって」


穏やかな土曜日の昼に魚を料理して、短い春の陽気に温まった静かな庭でアクセルと飲んだ白ワインの味。

初夏の夕食後、まだ明るい夕焼けを眺めるために、家の裏にある丘にアクセルと登ったときの草の香りや風の音。

ふとした拍子に言語が切り替わって、僕が指摘するまで気づかずデンマーク語を話しているアクセルの様子とそのときの僕の悪戯な気持ち。


思い出は消えてしまうのではなく、自分になっていく。そして自分が変わっていくことが、その記憶を伝える事になる。

そんなふうに思うと、お葬式にすら行けないけれど、アクセルを思う気持ちは、生き続けることで伝え続けていくぞ、と姿勢を正すような気持ちになれそうです。


みなさんも、どうか暖かくして、健康にお過ごしください。


動画は、Holmeparkvejに収録しているHeadphonesのデモバージョンです。この景色はアクセルの家から大通りに出るまでのバスの景色です。春が始まったのに気温は上がらず、コートをきていた平日の朝だったと思います。デッサンくらいのクオリティだけど、アクセルと一緒に聞いたバージョンなので、今回こちらにアップします。

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