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亜米利加豹と蜘蛛


ふざけた外観のラブホテル。
その向かいにあるコンビニに、二週間ほど前から生花が並んでいる。
並んでいると言っても花は一種類。
母の日に向けてだと思われるカーネーションがほんの数本刺してあるだけ...だったのだが何故か今日は色とりどりの花が並んでいる。

売れ残っているのであろう、見慣れたカーネーションの隣には大きな百合が、そのまた隣にはガーベラとスターチスが刺してあった。

Today’s flower
ガーベラ スターチス
98yen

まだ何か書いてあるようだが、目が悪いのでよく見えない。ピントが合うまで近づいてみる。

ジャガー めずらしい

「ガーベラ」という文字の斜め上に、片言気味な日本語でそう書いてあった。

傘を畳みながらガーベラを選ぶ。
まだ6月には一週間と半分ぐらいある。躓きそうなほど前のめりになりながらやってきた走り梅雨だ。しかしまあ、駅から近い訳でもなく、一戦交える前に定型分の様に缶チューハイやおつまみを買ったり、はたまた激闘の後に飲み物や夜食を買いに来たり、そういった客が多いであろうこの場所に特にラッピングもされていない生の花を並べたって一体誰が買うんだろう。

...

花瓶に移し替え、一息つく。
あれ?「ジャガー」って結局何だったんだ?

品種?咲き方?別名?
インターネットの海に潜れど潜れど答えは見つからない。珍しく踠き苦しんだ後、諦めて陸へ上がった。


剥き出しの折り畳み傘をリュックから取り出す。今日も雨が降っている。どれだけ気をつけていても折り畳み傘のカバーはなくなるんだよな、というか、今まで買った折り畳み傘でカバーを無くさなかったことの方が珍しいぐらいだ。そんなことを考えながら、いつもの通り帰路につく。変わらずふざけた外観のラブホテルとあのコンビニの前に出た。ふと思い出してなんとなく近づくと、店先の花は数日前から時をとめられていたようでまだ残っていた。

スパイダー めずらしい

...?
何度瞬きしても文字は変わらない。

ガーベラの花言葉は『希望』『前向き』『美しさ』、終わりと始まりが合わさる節目に送るには相応しい。そういうことで、卒業する後輩に贈った時に調べた中煎りぐらいの知識がまだ少しだけ記憶に残っていた。
刺さっているガーベラの花弁は鋭く、細く、いわゆる「スパイダー咲き」と呼ばれるものだ。

でもまあなんで見間違えたんだろうな。
不思議に思いながら店を後にする。いや、後にしようと振り返ると、トラのようなネコのような動物のロゴが目に入った。

ああ、なんだ、そうか。人間の脳は、記憶担当のカイバ先生はなんていい加減で大雑把なんだろう。ふざけた外観のラブホテルの隣にある、ふざけてない方のホテルに、ふざけてんのかとキレたくなるような単純な答えがあった。

ふざけた外観のラブホテル。
その向かいのコンビニにある生花コーナー。
今はただ、仏花がひと束、印字された値札シールが無造作に貼ってあるだけ。

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