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#2 「ジョニ黒」


今日も無事に帰宅。

生きてるだけで幸せだ、なんて言いたいところだが、それを続ける為には当たり前のように食べ物も服も家も健康保険も必要で、さらにそこに一番の厄介なもの、人との関わりも加わる。

だから、流石に生きてる「だけ」では幸せとは言えない。お金も時間もすぐに尽きるが、今日も悩みは尽きてくれない。


今月も今週も今日も、
働いて、働いて、働いた。

「働きすぎじゃない?」と言われるがまったくもってその通りだと思う。否定はしない。
休みは週に一日、それもイベントが入ることが多いので、実際休みは月に2日ぐらい。

全然いつでも休みたいし、いつでも寝たい。
別に根性があるわけでも体力が余っている訳でもない、むしろどちらも無い方だと自負している。

じゃあなんで頑張れるかというと、この生活には終わりがあるからだ。いや、終わりというのは少し乱暴な言い方になってしまうか、区切りがある、といった方が正しいような気もする。

明確な目的がある、だから毎日働いて、ウイスキーのテイスティングをして、お酒にまつわる勉強をし、お酒に合うようなケーキを考えて焼き、紅茶の淹れ方を研究し、営業終わりにカクテルを練習する。

ただそれだけ、たったそれだけのことだ。

一切しんどくない、というのは流石に嘘になってしまうけど辛いとは思わない。身体的・経済的にはしんどいところは正直ちょっと...いやめちゃくちゃあるが精神面は至って良好、それが何より健康なんだと思う。

それに、人には向き不向きがあるというけど、本当にその通りで、終わりの見えない日常に耐えられない私はこうやって夢を見ながら生きていくしかないのだ。


営業から帰宅して荷物を置き、またすぐに家を出た。

ラップやらトイレットペーパーやらそういった必需品が次々と切れてきていたのがそろそろ限界を迎えていたのだ。最近忙しすぎてなかなか買い物に行く時間がなかったから仕方無い、と営業終わりの重い身体を引き摺る。

深夜一時。

この時間に空いている最強の店といえば、そう、驚安の殿堂「ドン・キホーテ」様だ。
スーパーやドラッグストアがただの屍のように静まり返っている中で、派手な看板を身に纏い、自信たっぷりな顔で朝5時まで迎え入れてくれる。仕事終わりに何か足りないものがあったり必要なものが切れてしまった時にはよく寄らせていただいていて、お世話になっている。だから敬称は外せない。

携帯に記された電子の買い物メモが順調に、連鎖中のぷよぷよのように順調に消されていく。全て消し終わってステージクリア、帰ろうとレジに向かおうとしたが、なんとなくお酒コーナーに足が向いた。

ふらふらと彷徨う足が止まったのはウイスキー売り場。空前のウイスキーブームとコロナの影響などが相まってウイスキーの価格が高騰し、希少性がぐんとあがってしまったおかげで今まで普通に飲めていたウイスキーが飲めなくなっている.....はずなのだが、予想以上に商品が揃っていた。 

オールドパーがあって、シーバスリーガルなんて十二年も、日本限定ミズナラも残っている。アイラ系で言えばラフロイグ十年もタリスカー十年もある。アードベックは....流石に売り切れか。

棚を眺めていると、一番上の段にジョニーウォーカーのグリーンラベルがあることに気づいた。

ブラックラベル、レッドラベルがモルトウイスキー(原材料は大麦のみ、個性豊かでクセのある味わい)と、グレーンウイスキー(トウモロコシなどの穀物を原料とし、クセがなく飲みやすい味わいで主にブレンデッド用の原酒として使われることが多い)をブレンドした、いわゆるブレンデッドウイスキーであるのに対して、グリーンラベルは15年以上熟成したモルト原酒のみで構成された、ブレンデッド「モルト」ウイスキーなのだ。

まあ結局何が言いたいかというと、
グリーンラベルがめちゃくちゃ飲みたい。

前に試飲会でジョニーウォーカーを全種類並べて飲んだことがあるのだが、オフィシャルの中ではダントツで好きだった。

グリーンラベル...グリーンラベルがある...と手を伸ばしかけたがコイツの価格は四千円台後半。現行のウイスキーとしては決して高くはない、むしろこの値段で十五年のモルトが飲めると考えたらお安い方だ。
が、それは一般消費者・ウイスキーマニア・飲食店経営者・ハイソな方々、などの人達の一般論なのであって、実家を出て一人暮らしを始め、節約をしつつ日々の小さな幸せを見つけては大切にしてなんとか楽しく暮らしているような金欠見習いバーテンダーが一人で飲む為に買うには、悲しい哉、少し高いのだ。

箱に入ったジョニーウォーカーのグリーンラベルをしばらく眺めて、購入するか悩んでいた。ふと目線を落とすと、少し離れた場所にジョニーウォーカーのブラックラベル、いわゆるジョニ黒があるのが目に入った。

1,980円(+税込)。

安い。グリーンラベルの値札と脳内戦争をしていたところなので尚更そう感じる。アンカリング効果だ。

ジョニ黒、ジョニーウォーカーの中でもダントツに売れ筋で有名で、きっと誰もが一度は見たことのあるボトル。有名になりすぎたが故によく見る/お手頃な/誰でも飲めるウイスキー、というイメージがついている気がする。

と言っても私はジョニーウォーカーを一度しか、(しかも試飲会にてプラカップに入った10mlほどしか)飲んだことがない。

私が働いている店にはウイスキーがたくさん並んでいるが、実はブレンデッドはほとんど置いていない。シングルモルトの中でも特にシングルカスクと呼ばれるウイスキーを主軸として扱う少々尖った店だったのだ。(面接に行った当時はウイスキーを全く知らなかったので特に分かっていなかった。)

ウイスキーを飲み始めたのはちょうどほぼ一年前の十月、今の店で働き始めてからだ。
それまではウイスキーをストレートで飲むなんてことはしたことがなかったし、そもそもウイスキーを好んで飲まなかったので居酒屋ではレモン酎ハイを永遠に頼み続けていた。焼酎が苦手なので、焼酎ベースの酎ハイしかない時に頼むのがハイボール。なんとなくの好みはあったが、ブラックニッカや知多よりも角が好き、それぐらいのものだった。

さてそろそろ話を戻そう。

結論から言うと、私はグリーンラベルではなくブラックラベルを買って帰った。

帰宅して早々に、荷物を床に捨て置いてスクリューキャップを回す。コルクとは全く違う、高めの音が部屋に響く。ストレートグラスに注ぎ、口に含む。

...!

中盤からバニラ系の甘い味が一気に広がる...
後半からは少し苦みのあるバニラ、
そして焦がしたような甘みに変わる。
これは...!美味しい!!

今日はお酒を飲んでいないのでストレートで飲むとキツイかと思ったが全然アルコールの強さ、アタックを感じない。ブレンデッドで度数も40度なので当たり前といえばそうなのだが、それにしても予想以上に優しい味わいだ。

改めて手に取ると、現代風と捉えることもできそうな、惚れ惚れするほどのデザイン性の高さを実感する。

「四角いボトル」「斜めに傾いたラベル」、そしてブランドキャラクターである「ストライディングマン」。この三つの要点が揃っているお、きっと多くの人がジョニーウォーカーだと認識する。

斜め24度に傾いたラベルは、遠くからでもジョニーウォーカーと見分けられるための工夫だ。
また、ラインナップによってラベルの色を変えているのはそれらを識別しやすいように、という意図。当時としては珍しい四角いボトルは、衝撃を防ぎ輸送効率を高めるというアイデアが込められている。そして、革新の精神と前向きな姿勢を表現し、キーコンセプトである“KEEP WALKING”の意味を込めてブランドキャラクターになった「ストライディングマン」(闊歩する紳士)が描かれている。個性的なボトルデザインとともにジョニーウォーカーは世界的に広まり、そして世界中で愛され続けている。

KEEP WALKING...ゆっくりでも歩みを止めないこと、しんどくても止まらずに進み続けること。大切なことだとは思うが、まあ、でも、正直なところ、美しすぎるというか強すぎるというか、私個人としては歩みを止めてしゃがみ込んでも倒れても良いと思っているので圧を感じてしまう。疲れたら休まなきゃ。


今こうやって、ジョニ黒をちびちびと飲んで、忙殺されそうになったりSNSに殴られたり幸せに発砲されたりするような、そんな世界で足掻いているこの日々が昔話になり、カウンタートークとして冗談目化して話す日が来るのだろう。

そうなったらいいと思う。だから、終わりのない日々に、終わりのない夢を見ながら生きていくつもりだ。

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