神様の向こう側(第13話)
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納車整備を終えたCB400 SUPER FOURは、車体を輝かせて新しいオーナーを待っていた。
独特な色合いに、沙希のパールホワイトのヘルメットと、ネイビーのライディングジャケットが映える。デニム以外をすべて黒で統一した和也には、目の前を走る後ろ姿がより華やかに見えた。
沙希はバイクを操るというより、バイクの挙動に自分が合わせるような乗り方をしている。久し振りとは思えない、素直で滑らかな走りだ。上半身に余分な力が入っていないのだろう。
ショップから1時間ほど走ると、沙希がどこを目指しているのか、行き先を聞いていない和也にもわかってくる。この長い坂道を上りきると……。
「うわ!」
思わず、歓声がこぼれ落ちる。目の前に見事な海と青空が広がったからだ。
この光景があることは知っていたけれど、今日の海は格段に美しかった。空の色を溶かし込んだ波が、銀の陽光をきらきらと踊らせている。海と空の境目を見ると、水平線がくっきりと青をふたつに分けていた。
いつもはひとりで走るこの道を、ひとりで見るこの海を、今は沙希とバイクを連ねて共有している。
オレンジのスーフォアが、道沿いの公営駐車場に入っていく。和也も彼女に続き、隣にVストロームを並べて停めた。
「すごく気持ちよさそうに走ってたよ。久しぶりには全然見えないね」
先にヘルメットを脱いでいた沙希が、和也の言葉ににっこりと笑う。
「さっき、有沢さんの後ろに乗せてもらったから、感覚を思い出せたみたいで」
「それなら良かったよ」
和也もヘルメットを脱ぎ、2台のバイクを振り返った。黒のVストローム650の隣に、オレンジのCB400 SUPER FOUR。青い海を背景に並んだ2台は、まるでポストカードのように絵画的だ。
駐車場の隅に自動販売機を見つけた沙希が、缶コーヒーを2本買ってきた。今日のお礼ですと言いながら、1本を和也に手渡す。
「あ、ありがとう」
「バイクを選ぶときも今日の納車も、すっかりお世話になっちゃって。私こそ、本当にありがとうございました」
何気ないその言葉が、和也の気持ちを無意識に揺さぶった。ありがとうございました、で終わってしまうのだろうか。戸惑いを表に出さないよう、彼は努めて笑顔を作ってみせた。
どちらともなく近くのベンチに座り、缶コーヒーの蓋をひねる。何を話せばいいのだろう、自分の気持ちを伝える言葉が見つからない。
「……私のこと、少しだけ喋っていいですか?」
和也の胸の内を察したわけではないだろうが、沙希が突然、身の上話の口火を切った。