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空區地車の力学

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意外と知られていない神戸のだんじり祭り。それは神戸の街の特長である「坂道」との闘いでもあった。強力伝の中に勇ましさもあり、曳く者に試練と共感を与え、見る者には「参加したい」という…
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空區地車の力学 1.はじまり、はじまり

私は神戸市東灘区で祀られる本住吉神社のだんじり祭り(例大祭)で、空區の地車を曳いています。祭りは1年に2日間しかないにも関わらず、体の中では一年中地車を曳いている”だんじりバカ”の一人です。 しかし、だんじりバカを自称しているものの、1年に2日間しか曳けないので、毎年思い出しながら曳いています。そこで自分のために地車の力学について残したいとこのブログを立ち上げました。 地車といっても、大阪湾を取り囲むように淡路島、神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎市、大阪府と約1千台あるといわれ

空區地車の力学 10.空區の地車について➀

曳き方の基本編が済んだところで、空區の地車について簡単にお話ししましょう。 地車と書いて「だんじり」もしくは「じぐるま」と読む 「だんじり」は、日本の祭礼に奉納される山車(だし)に用いられる西日本特有の呼称で、「地車」の他に「楽車」「壇尻」「台尻」「段尻」とも表記されます。 東灘の郷村の中心に神社があった 住吉には本住吉神社があり、その氏子が地車を所有していました。 本住吉神社の境内の車庫には、住吉の地車「山田」「呉田」「住之江」「空」「西」「吉田」「茶屋」の7台の地車が

空區地車の力学 2.地車にはブレーキがない

地車にはエンジンもハンドルもブレーキもありません。 すべて人力。始動も停止も増減速も人の力で行ないます。 唯一、自動車についている駐車ブレーキ(パーキングブレーキ)に当たるのが「テコ棒」で、4つのコマにそれぞれ1本づつ、計4つ付いています。 ❶テコ棒は駐車ブレーキ 「テコ棒」は駐車ブレーキですから、地車を止め置くときに使います。目に見えなくても地球は丸いので、駐車ブレーキをかけずに地車から離れるとひとりでに動くこともあります。いったん動き出した地車を止めることは一人や二人の

空區地車の力学 3.地車にはハンドルがない

その2ではブレーキがないことを書きましたが、その3ではハンドルがないことを書きます。 地車の各部名称 その前に地車の各部を確認しましょう。 上図のように神戸型の地車は「土呂台(どろだい)」という土台に4つのコマがついています。土呂台の外側にコマが付く「外ゴマ」は神戸型独特のものです。一方、大阪型といわれる地車は土台の内側にコマが付く「内ゴマ」となっています。 また、空區地車は「かき棒」の下に「棒鼻(ぼうばな)」が付きます。通常は「棒鼻」の上に「かき棒」がくるのですが、逆に

空區地車の力学 4.角を曲がるには2つの方法がある

ハンドルがない地車が角を曲がるには、「肩を入れる」と「張る(はる)」の2つの方法があります。 ❶肩を入れる 「肩を入れる」とは、前の曳き手が地車の前輪を持ち上げて、ウイリー状態で地車を旋回させる方法です。 四隅責任者から「肩」と指示されれば、地車の前の棒鼻に入っている曳き手はしっかりと肩を入れて地車を持ち上げます。 この時、後ろの曳き手は、地車後ろの棒鼻に乗り、体重をかけて地車の前が上げやすようにフォローします。いわばシーソの要領です(下左図)。 前輪が持ち上がったことを確

空區地車の力学5.角を曲がる方法➀ 肩を入れる

神戸型地車(後述)が角を曲がるには、「肩を入れる」と「張る(はる)」の2つの方法があります。 地車に負担をかけないのは「肩を入れる」です。また、直角にも鋭角にも曲がれるので狭い道路、特に塀や電柱など障害物が迫っている曲がり角では「肩を入れる」のが有効です。 ❶「肩を入れる」時の四隅前の責任者からの合図 地車は指揮者を先頭に、子供会の綱、地車の順に進みます。指揮者からは、事前に「この角を曲がる」と四隅責任者や屋根頭に合図で指示されています。その合図を見た前の曳き手も進む方向は

空區地車の力学 6.角を曲がる方法② 張る

神戸型地車が角を曲がる2つ目の方法は「張る(はる)」です。 ❶「張る」とは 地車に負担をかけない曲がり方は「肩を入れる」ですが、急な方向修正が必要な時は「張る」方が瞬時に地車は動きます。 「張る」とは下図のように推進力を利用しながら、前と後ろの曳き手が逆方向の力をかけて一気に旋回する方法です。 ❷「張る」時の四隅責任者からの合図 ウチワを持つ手と持たない手をねじるようにクロスさせる動きを続けます。 ❸「張る」時のコツ 前に進もうとする推進力なしに張っても地車は動かない上

空區地車の力学 7.とばせ!もどせ!

「とばせ」「もどせ」は最高速度で往復する所作で、参道での「宮入」や、「住吉駅前のセレモニー時」などで行なっています。 地車の醍醐味は何といっても「とばせ」にあります。重さ4トンの地車が唸りを上げて全速で走る姿は勇壮です。観客も大盛り上がり。曳き手にとっても気合の入る瞬間であり、その速さを他地区と競い合いたくなるものです。 鳴り物もテンポアップしており、曳き手はテンションMAXになります。 しかし、重さ4トンの地車が一旦唸りを上げて走り出すとおいそれと止めることはできません。

空區地車の力学 8.「ちどり」と「まわせ」

曳き手が最も盛り上がるのが「とばせ」なら、「ちどり」と「まわせ」も地味ですが負けず劣らない面白さがあります。 ❶ちどりとは 酔っ払いがフラフラと歩く様を千鳥足(ちどりあし)といいますが、地車の前輪を上げて後輪だけで大きく左右に蛇行させて進むことを「ちどり」といいます。 前も後ろも曳き手全員が力を合わせ、芸術的な動きをしなければならないので、そうそう行なえません。またそこそこの道幅があった方が安全なので、空區では宮出の時や有馬道を上る時に行なっています。 ❷ちどりの作法 ま

空區地車の力学 9.「三礼」シャントーセー

「三礼」は、頭を下げて敬意や謝意を表すことで、祭りでは地車を使って表現しています。 ❶三礼の作法 まず、後ろのコマ2輪をテコでロックします。 後ろの曳き手は棒鼻やかき棒に乗って”重し”になります。 「しゃんとせ」の掛け声で前の曳き手が地車の前を可能な限り持ち上げます。そこで一旦キープします。前の責任者がうちわを使って棒鼻やかき棒をパンパンと打ち付けたら、静かに肩の高さまで下ろします。この時前コマは浮いたままの状態です。 上げた棒鼻が肩についたら、もう一度棒鼻をめいいっぱい上

空區地車の力学25.この街に住んでいると体から祭りが抜けなくなる

この街に住んでいると体から祭り、とりわけ鳴り物が頭から抜けないと感じることがあります。特に印象に残った年は、サ終にもかかわらず鳴り続ける時間が長くなります。頭のネジがゆるんでいるからではありません。誰でも体験する好きな音楽が頭の中でリフレーンしているのと同じ状態が1年間続くのです(笑) 地車の爪痕 雨が降るとよくわかるのですが、道路に地車のコマ跡がくっきり浮かび上がります。重さ約4トンの地車が4つのコマのそれぞれ1点で支えるのだからアスファルトに轍(わだち)ができるのも致し

空區地車の力学 26.地車が繋ぐ人間模様 ~熱い、熱い、篤い~

長く地車に携わると、祭りがもたらすコミニティーの重要性を感じずにはいられません。 最終電車のゲロ騒動 まずは、恥ずかしながらの体験を告白。 私は今は大阪に住んでいますが、50歳まで阪急電車に乗り、御影から中津間を通勤していました。仕事終わりに梅田で呑むこともしばしばでしたが、調子にのって最終電車も日常茶飯事。 そんなある日の終電に乗った私は御影駅を降りると気分が悪くなり、改札を出たところにある電柱でゲロをしてしまったのです。すでに日にちも変わっていたこともあり、人目もないと

空區地車の力学27.2022年例大祭のゆくえ その②人は人を助けるようにできている!

5月3日 祭り前日は、文字通り前夜祭 とはいえ、まだ陽の高い15時開催だ。前夜祭は毎年行なわれるが、私は始めての参加になる。空区若中の巣窟「空地区会館」に50人ほどが集まっている。「へーぇ、賑やかじゃん、知らんかった」。しかし、いつもの顔がない。レジェンド連がいないのだ・・・せっかくパイセンに会えると思ったのに残念。長居は無用、17時まで歓談OKだったが途中退席し、阪神御影に繰り出した。御影クラッセ前で行なわれる御影の地車の練りを見るためだ。 他地区の鳴り物とはいえ、鳴り物

空區地車の力学28.2022年例大祭のゆくえ その③終わりよければ全て良し

5月5日、晴れ 私は子供会の綱担当なので祭りの間は呑まないが、祭り終わりの22時から小一時間ほど空區若中の巣窟「空地区会館」で呑む。しかし、賄いの方に遅くまでお付き合いいただくのは申し訳ない。ということで地車のパイセンで盟友・津田氏が「ウチで呑もうや」と言ってくれたので、これ幸いにと最近は津田氏邸宅で祭り終わりの22~24時まで心置きなく呑ませていただいている。 津田氏はワイン好きの料理大好きの粋人なので、腕によりを掛けて料理を作ってくれる。しかも津田氏の相方が日本酒党なので