見出し画像

70、”ニュース検索依存症”は重篤な病気だよネ

今回の病気入院によって、世間の一般的な動きから隔離されてしまった。
結果、ものの要否・無駄・ブルシットなものが、嫌でも見えてしまうことになった。以下の戯言に、哲学不在の日本の若者は耳をかたむけないであろうが、老人として言うべきことは言っておこうではないか、と思った次第です。
今の日本、電車内で時間を惜しむようにセカセカと指を動かしたり、道交法違反の自転車のながら運転までして、取り付かれたようにニュース・情報検索をするのが日常茶飯事になっている。さてさて、そこまでするに値する何かが得られるのでしょうか。
人間の社会である以上、いざこざは避けられず一定割合の殺人事件や傷害事件は起きます。人間に油断が付きものである以上、一定数の交通事故や火事は発生します。人の性から、スキャンダルも起きます。その他、ニュースといえないニュースは数えたらキリがありません。それらはたとえ起きても、まるで何事もなかったかのように些事のごとく過ぎてゆきます。
そんなニュースに執着したり一々付き合う必要はないし、四六時的で依存症的な検索までして、詳しく知る必要などあるのでしょうか。
日本人が費やすこれら検索の時間と行為は、何とも非生産的で正にブルシットジョブに分類されます。更にはそれに気付かないでいるので、なお更”アワレ”でもあります。
かつて評論家でキャチコピーのパイオニアだった大宅壮一氏が、テレビの登場を評して「日本人一億(人)総白痴化」の至言を残しました。
これを模して現代を評すれば、「一億人SNS検索依存症化」となり、本人に全くその自覚がないため、数十年脱出不能の重篤・重症な病となろうと思われます。日本国の知的国力の問題でもあり、深刻です。
この問題は、これで済む問題でもなさそうです。後日稿を改めましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?