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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その22

警官がそのドアを強引にこじ開けて大河内氏の書斎へと入った。
大河内氏は富裕な資産家として、また、篤実な慈善活動家としても知られていた。
警官と共に入った五十部警部の目に、彼は年代物らしいマホガニーの机に突っ伏しこと切れた姿で飛び込んできた。
机には凝った細密の浮彫文様の施された注ぎ壜があり、琥珀色の液体で満たされていた。
バランタインだろうか、甘く澄んだ網瓜のような芳香が漂っていた。
薩摩切子のグラスは空であった。半分ほどになったソーダー水の瓶は蓋がされていなかった。傍らに水薬瓶もあり、これも蓋がされていない。
瓶は空であった。
机の上に毛筆で走り書きされたと思われる半紙があった。
「ワレ虚シク企図破催セントス」
五十部警部は部屋を横切ると、書斎のテラスに面した仏蘭西扉を押し開けると、庭をひとわたり眺めた。
森のようになった木々に囲まれた広い庭には深い池もあるようだった。
遠近に鳥の鳴き交わす声が澄んだ朝の光の中に響いてきていた。
台所にとって返した五十部警部は家の家政婦に事情を訊いた。
「旦那さまは夕べの9:30分頃に書斎へウィスキーを持ってきてくれといわれまして、その通りにしました。その時、旦那さまは普段よりなんだか神経質で不安そうなご様子だったのです。
そうして、今朝、朝食の時間にも食堂へ出てこられなかったので、寝室の戸を叩きましてもご返事がなく、もしや、書斎で夜を明かされたかと思い何度も旦那さまに呼びかけたんですがご返事がないので、身寄りといえば、甥御の加藤昭さまですので、そちらにご連絡をして、念のため警察の方へも連絡をいたしましたような次第です。」
表に車の止まる音がしたので、五十部警部は玄関へ向かった。
甥の加藤昭が駆けつけてきたようだった。
五十部警部は加藤に向かい告げた。
「大変残念なお知らせではありますが、あなたの叔父上は何等かの毒物によって亡くなっているようです。」
「なんですと!毒?毒ですか…戸の鍵がなぜ掛かっていたのか…叔父は誰を恐れていたのか…」
「さて、書斎の仏蘭西扉は開いていましたがね。」
「昨夜はどちらに?」
「夕方まで私の会社の事務所にいて、それから、帝国ホールにショスタコービッチの演奏会を聞きにまいりまして。」
加藤はチケットの半券を五十部警部に向かって差し出した。
演奏会は昨夜11:00頃に終了していることが確かめられた。
五十部警部は顔を曇らせ警官に告げた。
「加藤氏には署までご同行願いましょうかね。」
 
それはなぜだろうか?

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