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【その他】この誇り高き私が練乳と果実を混ぜた不純な氷菓を食するなど

 夏と言えば氷菓、氷菓と言えばSACREICEBOXです。なんですかあのアイスクリームなる連中の軽薄にして軟弱なふるまいは。氷の純潔を失い乳にかまけるばかりか時には果実なる有機物体を我が身に取り込みへらへら笑い甘味を誇るあの態度。乳は不要。果実も不要。冷感と甘味の最小単位は氷と果汁であり、すなわち果汁の氷結物以外の全ては過剰な贅肉と知りなさい。その点、SACREとICEBOXは素晴らしい。果汁と氷だけがそこにあります。その形状も、マスコット然とした媚びた丸みはなく、毅然とした態度がにじみ出る角形とカップ形……。SACREの上にはレモンが乗っているという噂もありますが、私の目には入らないので問題ありません。夏と言えば氷菓、氷菓と言えばSACREとICEBOX。この夏もまた、その正しさを証明する夏となる…….。しかし。

 その日、私はコンビニのアイスケースの前で言葉を失いました。SACREがない。ICEBOXがない。二者が連日の猛暑の影響で一時販売中止になっていたという事情を私が知ったのはその後のこと。その日の私は、眼前に立ちふさがった絶望と不条理を前に、ただ困惑することしかできませんでした。コンビニの外は常軌を逸した太陽が目を血走らせて熱波をまき散らす地獄と化したSUMMER。自宅への帰路、わずか十数分の歩行で命の危機を感じた私は、この狂気に唯一対抗しうる「正しさ」……SACREとICEBOXの純潔を求めてコンビニに立ち寄ったのです。しかし、そこにあったのは一面の乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳乳と大勢に迎合しその身を卑屈に丸め「カワイイ」をふりまく不純な果汁共。未だ冷めやらぬ熱波の爪痕が脳をかきまぜ、陽気な店内BGMが私の三半規管をねじりました。歪んだ視界。その中で、唯一クリアに知覚できたのは、ケースの中から響く奴の嘲笑でした。奴は、明らかに私の「正しさ」を嗤っていました。最も不純なるもの。ヒトたる誇りを捨てた獣。ブッダを誘惑するマーラ。白くまカップアイスが。

 自宅。私は敗北感に打ちひしがれながら白くまカップアイスの蓋を開け、息をのみました。節度なくぶちこまれた果実と品性なくぶちこまれた練乳。「認めない」私は屈辱に震え木製スプーンを折れんばかりに握りしめました。なんたる下品な白濁。なんたる下劣なカラフル。こんな、こんなものが……。そして一口を。


あまい。



 それは「甘い」という理解の前に、脳に走る稲光のようでした。そして直後、遅れてきた「甘い」という理解が思考の全てを乗っ取りました。甘い。それは熱された薬缶に手を触れた時、一瞬の一拍を置いて「熱い!」と叫ぶことに似ていました。閾値を超えた強烈な刺激がもたらす幸福は、熱波でゆだった脳味噌に驚くほどの勢いで浸透し、全てを白濁に染め上げました。「ああ、そんな……」 呆然と運ぶスプーンの上には、みかんが、パインが、さくらんぼが。一口ごとに変わる食感と味。小賢しくも華やかなそれは、それは、確かに楽しく、とても楽しく……「しかし!」 千変万化の果実のアトラクション、変化と言う娯楽の中で、常にあり続ける練乳の強烈な甘みが脳をより幸福に、より幸福に、と高め……「しかし、これは不純だ!」「待ちねい」頭をかきむしりわめく私をとどめたのは、愚地独歩氏でした。「混沌と云えど徹すりゃおめぇ、透明感を帯びるってもんだ!」「そ……そ……なの?」「純粋なんだよ白くまカップアイス(やつァ)ッッ」 

 それからどれほど時間が経ったでしょうか。ようやく効き始めたクーラーが汗を冷やし私の背にシャツを張り付けていました。締めきった窓からは微かに蝉の声が漏れ聞こえ、焼き尽くすような日射がカーテンを揺らしていました。満足げに笑う愚地独歩氏の横で、私はスプーンを手に、いつまでも空になったカップを眺めていました。

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 以上でこの回顧録は終わりとなります。その後、SACREとICEBOXは再販し、私は穏やかな日々を取り戻しました。好みというものはそれほど簡単に変わることがありません。私のベストは、SACREとICEBOX。夏と言えば氷菓、氷菓と言えばSACREとICEBOXなのです。あの日の出来事は、猛暑の暑さと白くまアイスの甘さが見せた夢のようなもの、気の迷いだったのでしょう。え、その後、白くまカップアイスを食べることはなかったか? まったくもう。あの日の出来事はただの気の迷いだと言ったでしょうに。この誇り高き私が練乳と果実を混ぜた不純な氷菓を食するなどありえませんとも。 ………ええ、でもまあ、今後も気の迷いというものは、いつ起こるかわかりません。備えあれば憂いなし。私の冷蔵庫に辛抱たまらず常備しているしろくまアイスがあっても、それは決しておかしなことではない。そうですよね?