多分霊媒師のアイツ

月曜日・夜9時….。
あの人はいつも決まった時間にこのコンビニを訪れる
「お預かりします...。」
牧野ちひろ、唯のバイトしてる女子大生。しかし毎度この時間だけは少しだけ変な感覚に陥る
「……」
物言わぬおかしな出立ちの男。ボサボサの髪に分厚い着物を着て、首からは大きな数珠を下げている
「ふあぁ〜…。」
大きなあくびを間抜けに一つ、その後頭を掻き適当に天井を見上げる。ルーティンかのように見飽きた動作である。買うものもいつも違わず同じもの、大量の食塩と2ℓの水を二つ。
「..料理でもするのかな?」
たまに呟いて一人で確認してみるが真相は謎、しかし確実に料理の為では無いだろうと認識している。
「何してる人なんだろ。」
寺の坊主にしては余りにもだらしがない、街を普通に歩くには身なりが目立ち過ぎる。そこでちひろはもう一つ、己の中で確信付いている予測を立てた。

「この人多分….霊媒師だ!」
余りにも安易な仮説だが彼の身に纏う独特な雰囲気は、どこか実体の無い何かを相手している特異なソレに近く感じられた。もっと深く、詳しく彼の事が知りたい。
「あ、あのっ..!」
個人的な好奇心が彼女の背中を下手くそに押した。
「……あ、俺?」
天井を仰ぐ男の適当な耳にその声は伝わり、なんとなくの返答を返させた。
「……何?」
「…その、聞きたい事があって…。」
何を聞こうか。正体を探る一歩めの質問、その歩幅はかなり小さく前進した。
「名前とか…聞きたいかなって….。」
「…え、名前?」
男は一瞬戸惑いを見せたがすぐにやる気の無い顔を立て直し、眠たそうな黒いクマが被さった目を擦りながら答える。

「イグサ。」
「……イグサさん?」
「そ、八千村イグサ。八千の村って書いて〝ヤチグサ〟ってんだけどわかりにくいんだよな」
少しの言葉を言い残すと男は金を渡して店を出ていく。結局のところわかったのは、彼が変わった名前だという事くらいだった
「八千村イグサ….。」
下手な音で舌を打つその名を頭の隅に保管して、彼女は再びバイト女子大生へと戻っていく。

とある家屋
「ただいまぁ…。」
カラカラと風情のある引き戸を開けて男が帰宅する
「遅せぇぞ、またダラダラやってたのかよ!?」
玄関の段差に腰を掛け靴を脱いでいると、部屋の奥から威勢の良い声と共に小柄な少女がこちらに近付いてくる。
「いつもとそんな変わんないだろうよ。大丈夫、ちゃんと買って来たからさ〝タタリ〟ちゃん」
袋から買ってきた品を取り出しながら揶揄うような口調で少女に言った。
「..おめぇ、ワザといってんだろ?
その呼び方やめろっていったよな、なぁっ!?」
胸ぐらを掴み眉間にシワの寄った顔で強く怒鳴る。男は軽々しくも、彼女の禁句に触れたようだ

「別にいいだろ、わかりやすいし。」
「わかり良いとか悪いとかの話じゃねぇんだわ!
アタシにはしっかりと名前があんの!
啻無李沙、わかるか?
タタナシリスナッ….!!!」
目を見開いて大声で訂正する。これが定番だと言える程、この家では日常的な光景になっている。
「..いや、わかりにくいだろやっぱ。」
悪びれる素振りをなく平然と言ってのける
確実に呼び直すつもりは無いだろう。
「けっ!なんだってんだよ、揶揄い坊主がさ!」
「それが揶揄ってばかりじゃなかったりするんだよなぁ…。」
「あ?」
機嫌を損ねた少女を宥めるように、頭を掻きながら話題を切り替える。
「見つかったかも知れないんだよね、入り口が」
「……どこにあんだよ?」
男はレジ袋から水のペットボトルを一本取り出し握り締めながら、もう片方の腕の人差し指を天井に突き立て言った。
「上」
にやりと笑った口元は何かを察した男の思想を少女に伝え、無理矢理に理解させた。
「..ただ買い物してきたワケじゃ無いみたいだな。」
「ま、そういうコトだね」
今し方家に着いた所だが、また行く場所が増えた。
「行くぞイグサ、塩と水を忘れるなよ?
向かうは….如月マートだ。」
脱いだ靴を履き直し、閉めた引き戸をまた開ける。
「んじゃ、行こうか!
悪霊さんを退治しにさ。」
疲れた両目が、少しだけ見開いた



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