ヴェル兄の史実。彼は嵐を巻き起こす者だった。

※この記事は文豪ストレイドッグスの考察です。
小説STORM BRINGERのネタバレを含みます。

※名前が史実と反転しているため、以下はヴェル兄=ランボー、蘭堂=ヴェルレーヌになっています。

史実と文ストの共通点

ランボーとヴェルレーヌの史実での関係性については、アンリ・トロワイヤ著の『ヴェルレーヌ伝』に詳しく書かれている。
『ヴェルレーヌ伝』から一部引用しつつ、ヴェルレーヌの目に映っていたランボーの姿と、二人の関係性について掘り下げていきたいと思う。

彼らの出会いは手紙のやりとりから始まっている。ランボーから届いた手紙を読んだヴェルレーヌはこう記している。

救いを求める今回の手紙には、三篇の詩が添えられていた。(中略)これらの詩の調子は、最初に送ってきたものより憎悪のたぎるものであった。この苛立った少年は、人生を賭してすべてを清算しようというのである。これは全く純粋な状態の反逆であった。「是」の肩を持つ者すべてに対する「否」である。
ヴェルレーヌ伝

ランボーから届く手紙に綴られている詩を読んだヴェルレーヌは、実際にランボーに会う前から、ランボーが抱えていた「憎悪」の感情を感じ取っていたようだ。

史実のランボーも憎悪を抱え、そして人生を清算するために復讐をしようとした。
憎悪と復讐を通じて、詩人としての自分の存在を確立しようとした。
それは秩序に対する復讐であり、既成概念の破壊であり、言ってしまえばランボーは詩を通じて、既存の秩序体系の暗殺を試みようとしていたのだろう。

自分の役割は、人の気に入られることではなく、人心を掻き乱すことである、と彼は自覚した。美しいものは何であれ、醜悪なものとせねばならない。誠実なるものは嘲笑せねばならない。すなわち、すべてを否定する者、破壊する者、不名誉なるものの預言者として自らを確立しなければならないのである。
(中略)
それは、教会や慣習、階層化した社会、役人としての出世などに対する憎悪であり、挑発したい、スキャンダルを巻き起こしたい、お高くとまった社会に対して唾のように毒を吐きかけたい、という欲求であった。
ヴェルレーヌ伝

詩人とは純粋で自由であるべきなのに、秩序は自分から純粋さと自由を奪い去るものだと捉えていたのだろう。自分を縛り付ける全てのものへの反逆がランボーの生き様であった。
しかし彼の周囲はそんな破壊的な彼を快く思わず、ランボーは次第に孤立していくようになる。
そんなランボーのそばを決して離れず、ランボーを理解し認め、そして支えていたのがヴェルレーヌであった。

(ランボーは)その不遜さと悪意と不潔さと身勝手さのせいで孤立するようになった。もはや誰も彼の身の上に同情する者はいなかった。ただ一人ヴェルレーヌのみが、自分の果たすべき務めは、この崇高なる子どもに、どんなことがあっても手を差し伸べることだといまだに考えていたのである。
ヴェルレーヌ伝

ヴェルレーヌはかなり初期のころからランボーについて深く理解していたのだろう。
ランボーと初めて会った時に、ヴェルレーヌには既に予感があったという。

この別の惑星からやって来た使者のような少年を誰よりもよく理解できるのは、自分しかいないということを、彼はすでに予感していた。
ヴェルレーヌ伝

以上のように、史実においてもランボーは憎悪と復讐に駆られていた。そんなランボーを理解しそばで支えた唯一の相棒がヴェルレーヌであった。「詩とは燃えさかる炎のような荒ぶる狂気である」という共通の認識を持っていた二人。秩序の破壊を通じて、彼らは何を実現しようとしていたのか。

ランボーは混沌の嵐を巻き起こす者

ランボーが腹の中に抱え込んでいたのは秩序に対する憎悪であり、秩序を破壊し復讐したいという欲望だった。その考えは彼の綴った詩にもよく表れている。

後期散文詩 No.25 おれの心よ、何なのだ…

おれの心よ、何なのだ、俺たちにとって、血と
燠の海が、幾多の殺戮が、あらゆる秩序を覆す
地獄という地獄から立ちのぼる嗚咽のような長い
雄叫びが、今も残骸の上を吹く北風が、

一切の復讐が? 無意味だ!…そんなことはない、今も
おれたちはそれをそっくり望んでいる!
実業家、王侯、元老とも、
滅びろ! 権力よ、正義よ、歴史よ、くたばれ!
おれたちには当然の報いだ。血だ!血だ!黄金の炎だ!

戦争に邁進だ、復讐に、テロルに、
おれの精神よ!敵の傷を抉ってやろう。ああ!失せろ、
この世の共和国! 皇帝ども、
連隊、植民地開拓者、民衆、たくさんだ!

渦巻く猛火を掻き立てる者などどこにいる、
おれたちと、おれたちが同胞と思う者たちのほかに?

おれたちの務めだ!
夢見がちな友らよ、きっと気に入るぞ。
絶対におれたちは働いたりするものか、波とうねる火よ!

ヨーロッパよ、アジアよ、アメリカよ、消えろ。
おれたちの復讐の歩みがいたるところを占領した。
都会も田舎も!きっとぼくらは粉砕される!
火山は噴き上げ!海は打たれ…

おお!わが友ら!おれの心よ、
まちがいなく、彼らは同胞だ!
黒い見知らぬ影たちよ、さあ行こう!さあ!さあ!
何たる不幸!体が震えるのがわかる、古い大地が、
ますます君らに寄り添うぼくの上に!大地が崩れてくる、

何でもないさ!ぼくはここだ!相変わらずここにいる。
『ランボー詩集』中地 義和編

秩序を破壊し、混沌をもたらしてこそ、詩人としての高みに上ることができると考えていたランボー。
そんな彼はまさにSTORM BRINGERであり、詩を通じて世界に混沌の嵐を巻き起こそうとする者だったといえるだろう。
ランボーは自ら悪魔という役割を背負って、文明社会に問題提起をしようとしていたのかもしれない。

悪魔は、神の創造による存在の秩序を破壊し、そこに不条理な無秩序の種をまこうとする
『悪魔の中世』澁澤 龍彦著

有史以来、社会と文明は様々な変遷を遂げ、秩序もそれに合わせて形を変えてきた。しかし悪魔については古代からほとんどその特性に変化がなく、普遍的でインターナショナルな性質を持つと澁澤は述べている。
混沌は秩序を破壊するが、破壊の先には必ず新たな創造があり、その度に文化や規範のアップグレードが行われてきた。そう考えると、普遍的な存在である混沌は、秩序の新陳代謝を促す重要な役割を持っているのかもしれない。

史実に混沌をもたらそうとしたランボーは、文スト世界において混沌を象徴する竜の姿となって、嵐を巻き起こし破壊の限りを尽くした。
しかしその嵐の中で双黒という新しい時代の秩序が誕生したことも大切な事実。
混沌と秩序のもつサイクルと、その絶妙なパワーバランスの上で、人と社会は成長していくのだということを、ストブリは北欧神話というキーワードを通じて、教えてくれているのかもしれない。



参考文献:
ヴェルレーヌ伝(アンリ・トロワイヤ著)
ランボー詩集(中地 義和編)
悪魔の中世(澁澤 龍彦著)

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