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ドスくんのモデルとカラマーゾフの兄弟について

※この記事は文豪ストレイドッグスの考察です。

LAで行われたクランチロールのインタビューで、カフカ先生がドスくんのモデルについてこんなことを明かしています。

質問: 先生が新しい登場人物を作り出すとき、史実についてはどのようなプロセスで調査していますか?各作家の小説や詩をキャラクターのベースにしていますか?

カフカ先生: はい、登場させる作家の小説や詩は読んでいます。文豪本人からだけではなく、彼らの作品からも着想を得ています。文豪の作品の中にある特定の場面からキャラクター像を作り上げるのが好きです。
例えばフョードルの場合、彼は史実のドストエフスキー本人とはかけ離れています。文豪本人との共通点はまったくありません。フョードルは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中で、登場人物のイワンが悪魔と対話するシーンに基づいてキャラクターを作っています。

23.07.03 クランチロールインタビュー

ここで言及された『カラマーゾフの兄弟』の対話のシーンとは第11編9章「悪魔。イワンの悪夢」。
ということでこの記事ではその対話のシーンについて紹介したいのですが、その前にまずイワンがどんな人物なのか知っておきたいですね。ついでにカラマーゾフの兄弟のあらすじも簡単に紹介します。

■イワンってどんな人?

カラマーゾフの兄弟はドストエフスキーが書いた長編の中でも最も傑作とされる代表的な作品です。
話の大筋は実は結構シンプル。
カラマーゾフ家には父と三人の兄弟がいて、それぞれ離れて暮らしているのですが、時折集まってはお互いにぶつかり合い、それでもそれなりに仲の良い一家でした。そんな一家である時「父が殺される」という事件が起こります。「父殺し」の原因はなんだったのか?その事件が発生するまでの経緯と、一家をとりまく登場人物たちの人間模様が描き出されている、簡単にいうとこんな感じのお話です。

その三兄弟の中にいるのが、次男のイワン。インタビューの中で言及された登場人物です。彼は頭が良く怜悧で「この世に神はいない」と考えるニヒリスト。
カラマーゾフ家の三兄弟はそれぞれに異なる思想を持っていて「神とは?」「人間とは?」「真の幸福とは?」について意見をぶつけあうのですが、イワンは「神がいなければ、人間はなにをしたって許される」という自説を家族の前で披露します。神がいないのなら道徳もない。道徳がないのなら、殺人を犯したって構わない。父を殺したって構わない、と。

これだけ聞くと、イワンは残虐で冷酷な人間だという印象を持ってしまうけど、本当は心の中にしっかりと良心があり、優しい考えの持ち主。

イワンは、罪のない子供が親から虐待を受けたり、親の前で引き裂かれて殺されたりする世界の不合理さに胸を痛め、神が子供たちの涙の声を聞かずに彼らの痛苦に報いないならば、そんな神は自分から願い下げだ!と弟に熱弁します。

大人がどれだけお互いを赦し合い、神との調和を実現しようとも、そんな調和は、助けを求めて『神さま』と祈った哀れな女の子の一滴の涙にすら値しない。なぜ値しないかといえば、それはこの涙があがなわれることなしに打ちすてられているからだ、と言います。神の世界よりも子供の一滴の涙を見捨てないことを優先したい、それがイワンという男の本心でした。

神はいないからすべては許される、とイワンは言いましたが、実は「神は子供の涙にもちゃんと報いるのだ」という論証を見つけられずにいただけで、本当は誰かにこの思想を納得できる形で否定してほしかったのです。

そしてある日、ついに事件が起こります。
三兄弟の父であるフョードルが何者かによって殺害されました。
犯行の現場にいた長男が最初に容疑をかけられ逮捕されるも、殺した真犯人は長男ではありません。
では一体誰が…?
そこでイワンは考えます。もしかして俺なのか…?と。
イワンは直接は手を下していません。実際に殺したのは別の人間です。
だけどその人間に「殺しをさせた」のは俺だったではないか…?

実は、父親が殺される前日にイワンは屋敷の使用人から「明日、父親を殺害します!」という予告を聞かされていたのでした。
その使用人がイワンにわざわざ予告した理由はこうです。
まず、使用人はイワンに憧れていて、イワンのことを崇拝していました。
この使用人は「何をしても許される」とかつてイワンに直接言われたことがあり、そのことで過去に救われています。そのため、イワン様のためならなんだってする、あらゆることはすでに許されているから何をしたって大丈夫だ、そう判断してしまいます。
そこにもう一つの理由が加わります。使用人はイワンに憧れていたのでイワンのことを観察していました。そしてこう感じ取ってしまったのです。イワン様はきっと父に死んでほしいと思っているに違いない!と。
イワンは直接そういうことを口にしたことはありませんでしたが、事実、父が死ぬことで遺産が相続されたり、結婚の問題が解消されたり、イワンにとっては好都合でした。

だから、使用人は「イワンのためを想って」父を殺してしまいます。

イワンにはもう一つの罪がありました。
使用人から殺害予告を聞かされたとき、「俺には関係ない」と使用人を突き放し、その場を去ってしまった。犯行が行われるかもしれないことを知りながらも、それを見殺しにしたのです。

これらのことが頭をよぎり、確かに自分は直接手を下していない、だがそれでも父殺しの元凶は自分にあるのかもしれない、そう考えてイワンは良心の呵責に苛まれていくようになります。
自分の心の中には悪魔が潜んでいる。父殺しを誘発させてしまうほどの凶悪な何かが、自覚を伴わないまま秘められている…。
犯人は俺なのか…?それとも内に潜む悪魔なのか…?

そういう精神状態の中で、悪魔がイワンの部屋にやってきます。

壁ぎわのソファに腰かける悪魔。
それは見知らぬ一人の紳士。
年は若くないが、長さのある黒い髪に着古したこげ茶のスーツ。
季節外れなことをかえりみずに白い毛の帽子を被っている。
人間の姿をした悪魔です。
悪魔だって人間の姿をしていたほうが何かと好都合なのでしょう。

(イワン)おまえは、おれの幻覚なんだ。おまえは、おれの生き写しだ。といってもおれの半面にすぎんがな…おれの考えとか、感情とか、いちばん胸糞わるい、愚かな半面のな。

カラマーゾフの兄弟4(亀山郁夫訳)P.359

こう語りますが、そこに居座る悪魔が、自分の幻覚なのか、それとも実在なのか、イワンはまだ確信が持てずにいました。

■悪魔ってどんな存在?

さて、今度はイワンの前に現れた悪魔が具体的にどういう存在なのか、悪魔が語った言葉から確認しておきましょう。

(悪魔)ぼくは貧乏ですがね、…たいへんな正直者とは言いませんよ…世間じゃまあ、堕落した天使っていうのがだいたいな相場ですよ。ほんとうの話、どんなふうにしてぼくが、かつては天使なんかでいられたのか、想像がつかないんです。かりにそんな時代があったにしても、あんまり古い話ですから、べつに忘れても罪にはならないと思いますがね。

カラマーゾフの兄弟4(亀山郁夫訳)P.362

堕落した天使ということなのでこの悪魔の正体は堕天使なのですが、聖書に出てくる堕天使といえば楽園で人間を誘惑したルシファーのことを指します。人間が堕落して以来、ルシファーは弟子たちを引き連れて人間の心を誘惑し続け、あらゆる悪事の裏側で手綱を引いてきました。

(悪魔)たとえば、ぼくなんか、ごく単純に自分がこの世から消えてなくなることを願ってるんです。ところが、生きていてくれ、きみがいなくなったら何も残らなくなってしまう、と人から言われる。この地上のすべてのものが理にかなっていたら、それこそ何も起こらなくなってしまう。きみがいなくなったら、いっさいの事件がなくなる。事件はなくちゃならないんだ、とこうです。
だからこそ、がまんにがまんを重ねながら働き、事件を起こし、指示どおり理不尽なことをやらかしてるわけです。人間どもは、あれだけ文句なしの頭脳をもっていながら、こういったコメディを、なんだか深刻なものとして受けとめている。ここに連中の悲劇もあるってわけですよ。

カラマーゾフの兄弟4(亀山郁夫訳)P.373

本当は自分も一緒に神を賛美する用意があるのに、義務を押し付けられ、たったひとりですべての不潔な役まわりを担わされているんだと悪魔は愚痴をこぼします。イワンの前に現れたルシファーはなかなかにひょうきんな性格で軽妙にぺらぺらとこういったことを喋り続けました。

自分は人間のことを心から愛していて、本当はすっかり人間になってしまいたい、それが自分の夢だ、と言います。だから人間に化けて君たちの習慣を受け入れ、医者に通ったりパーティーに参加したりする。

そして、こんなエピソードを語ります。

(悪魔)そう、ぼくはあのとき風邪をひいたんです、ただし、きみたちの下界じゃなくて、まだあっちにいたときですけど…(中略)
きみたちの下界に降りてくるには、宇宙空間をひとまたぎしてこなくてはならなかった…それでもむろん、ほんの一瞬にすぎないわけですが、太陽光線でさえまるまる八分はかかるっていうのに、こっちは、いいですか、燕尾服に胸の開いたチョッキといった格好ですからね。聖霊の姿をとってるなら凍えることもないでしょうが、いったん人間に化けてしまうというと、ね…要するに、ついうっかり薄着のまま飛び出してきてしまったわけです。
ところが、この宇宙空間ってのが、このエーテルってのが、大地の空にあるとかいうこの溶媒ってのが、---おっそろしい寒さなんでして…死にそうな寒さ---いやもう、寒いなんてもんじゃない、だって、想像できますか。零下百五十度ですよ!

カラマーゾフの兄弟4(亀山郁夫訳)P.366

パーティーに参加するために人間に化けたルシファーが、急いでいたあまり人間の身体のまま宇宙に出てしまったせいで、寒すぎて風邪を引いたというお茶目な話なのですが、「風邪でも引いたら堪りません」と言ったムルソーのドスくんの台詞をどことなく彷彿とさせますね。

少し余談にはなりますが堕天使たちは普段宇宙の果ての果てにある超深淵というところにいます。この超深淵と地球との間には、堕天使たちがかつて建造した宇宙橋と呼ばれる半透明のチューブがあり、それにより堕天使は超深淵と地球を瞬時に行き来できるそうです。(参考文献:失楽園)

イワンは多弁な悪魔の話を聞きながら、それが幻覚か実在かを見極めようとします。悪魔が言う言葉がどれも過去に自分が言った言葉、あるいは自分の無意識の中にある考えから生まれた言葉なのだとしたら、その悪魔は幻覚であるという確証を得られる。しかしイワンが確証を得る前に、突然の来客により悪魔はふっと姿を消してしまいました。

さて、ここまで読んだ皆様は、どのあたりにドスくんのモデルがあると感じますか?イワン?それとも悪魔?あるいは悪魔を携えたイワンという二重人格のような存在?
真実はわかりませんが、私は以前からドスくん=ルシファー説を推していますのでここでも懲りずに悪魔がドスくんのモデルではないかなと考えています。

■映画に登場するルシファー

イワンの前に現れたルシファーは人間の姿をしていましたが、映画に出てくるルシファーもだいたい人間の姿をしたジェントルマンです。私は高校のころオカルトが好きだったので、今でも天使とか悪魔が出てくる映画ってとても好きでして、せっかくなのでルシファーの登場する映画を紹介させてもらいます。ドスくんとの類似点も語りますね。

1.ディアボロス -悪魔の扉-
ディアボロスに登場するルシファーは親しみやすい紳士で、イワンの前に現れたルシファーと少しだけ雰囲気が似ています。個人的に一番好きなルシファーです。アルパチーノの怪演がお見事で、最後の演説には思わず身体が熱くなります。

ディアボロスのルシファー
人間が大好きなルシファーさん

映画の終盤に主人公とルシファーが対決するシーンがあるのですが、ルシファーに銃を突きつけて「What are you」と問い詰める主人公の姿はまるでシグマくん。この後、主人公とルシファーの意外な関係性が発覚します。

ディアボロスの主人公

2.コンスタンティン
悪魔退治をする主人公が窮地に追いやられたときに助っ人として地獄からルシファーが登場します。顔色が悪く、白いスーツを着て裸足で歩くルシファーです。

コンスタンティンのルシファー

3.SUPER NATURAL
スーパーナチュラルに登場するルシファーの着目すべき点は彼の能力。指パッチンしたり手をちょちょいのちょいしただけで、攻撃対象はぶちゃああああ!と血を噴きながら死んでいきます。写真の左側はまさにその飛び散っている血。ドスくんの能力に似ていますね。

SUPER NATURALのルシファー

色んな映画やドラマから着想を得ているとカフカ先生ご本人もおっしゃっていますので、これらの映画やドラマのルシファーからもついついドスくんみを探してみたくなります。

今回、ドスくんのモデルについてのヒントが与えられましたが、ドスくんの目的はなんなのか、なぜ咎を与える神の業をドスくんは使えるのか、罪と罰とは?などなど彼を取り巻く謎はまだまだ多く残されています。
果たしてドスくんの正体は暴かれるのか!これからが楽しみです。

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