文学館コラボに行ってきた
※この記事は文豪ストレイドッグスのオタクが書いています。
※展示の内容を細かく紹介していますので、これから行く予定でネタバレを回避したい方は閲覧ご注意下さい。
行って参りました、神奈川近代文学館さまへ。
自宅から2時間半弱・・・
はああっ!横浜の地は、まばゆいっ!!
「光と風と夢」という言葉がこれほどまでに似合う場所は他のどこを探しても見当たらないのではないかなと思います。贅沢な空気感です。
■到着~入場まで
入口に到着したのは09:50頃。(2月10日土曜日/春節の日)
元町中華街駅から歩いていったのですが…前を見ても後ろを見てもどこにもストクラさんらしき人がいない…
というかそもそも人がいない…おろおろ…
予約制度を導入して、きっちり人数制限して頂いているおかげでしょうか。
しかし館内に入ればひと安心。同じ目的で集まった同志たちが沢山いました。
文ストのコラボ企画に参加したい人(ワークシート&缶バッジほしい人)は事前予約制ですが、コラボ企画に参加しない人は入場が自由のようです。
とはいえ、ほとんどの人はコラボ企画参加者のようで、皆さん手にワークシートを持って一生懸命解いておりました。
人数の感覚としては、展示をじっくり見ることのできるぎりぎりの人数感、という感じです。うまく調整されているなと感じました。
文スト博やその他のアニメ展、美術展に比べれば、圧倒的に人数は少ない状態ですが、文学というのは作家と自分との間に超個人的な異空間を立ち上げてようやく堪能できるものだと思うので、周囲のざわつきには多少神経質にならざるを得ません。
ということで、個人的には我慢できるぎりぎりのライン、という感覚でした。土日(かつ三連休)でこれなら満足です。予約制にして頂いて本当にありがたい。
入口でチケットを購入していざ出発です。
入ってすぐに、横浜まみれの太宰さんがお出迎えをしてくれます。かわいいね。
■第1ゾーン:カフカ先生の文豪解説
ここから先はずっと撮影禁止。頑張って、言葉で説明していきます!
まず最初に、カフカ先生の文豪解説ゾーンがあります。文スト博に行った人ならすでに見てるやつです。だけど写真撮影禁止だったのでたぶんみんな覚えてないやつです。何度も読んで頭に定着させるべし~。
■第2ゾーン:常設展(神奈川の風光と文学)
神奈川にゆかりのある文豪や作品などが常設展示されているゾーンに向かいます。どどんと鎮座しているのは、漱石山房書斎。夏目漱石が書斎として使っていたお部屋が再現されています。
そのほかにも、中島敦や谷崎や芥川など文ストで馴染み深い作家の直筆原稿などが置いてあります。
中島敦が書いた「おれんちのぱんじい」という絵が飾られているのですが、ネーミングがとにかくすごい。かわいくもあり男らしくもありパンチもありやわらかくもあって、すっかり気に入ってしまいました。
■第3ゾーン:文学の森へ(神奈川と作家たち)
ここからがいわゆる企画展的なものになるでしょうか。
「文学の森へ」は第1部~第3部まであり、第1部が漱石~朔太郎まで、第2部が芥川~中島敦まで、そして今回の第3部が太宰、三島~現代までとなっています。
定期的に第1部~第3部を繰り返しているようで、今年の6月には再び第1部の漱石~朔太郎までが開催される模様。
詳しくは文学館のHPをご覧ください。
https://www.kanabun.or.jp/exhibition/permanent-exhi/
今回の展示でストクラにとっての目玉となるのは、太宰・安吾・三島・澁澤になるでしょうか。個人的には安部公房も選出してあげたいですが。
この五人についてはこれまで考察を通じて色々勉強してきたので、ワークシートは展示を見ずとも即刻全問正解できたのが嬉しかった~誰か~ほめて~。
さて、ここからはお一人ずつ、展示の内容について気づいたことなどを書いていきますが、なんせオタク気質なので興奮しすぎている部分もあり、全部独り言だと思って下さると助かります。
文豪の解説ではなく、見てきた展示の覚え書きであり、自分のための備忘録ですので、情報の精度などはご期待なさらずに。
<太宰治>
太宰治のお手紙は長い。なんとなくそんな思い込みをしているのは、カフカ先生が文豪解説コーナーで話題にした4メートルの手紙のせいではないでしょうか。
芥川賞を取りたくて、選考の前に川端康成に送り付けたという手紙が展示されていたのですが、横幅が…本当に長い…絵巻物のような手紙。
しかし意外なことに字が大きく、文章量はそれほど多いわけでもない。
だけど書いてあることが、太宰治らしすぎる。
「死なずに生きとほして来たことだけでもほめて下さい」
こんな言葉、太宰先生にしか書けません。
『葉』の冒頭の一節の掛け軸もありました。家に掛けてあったら生き続けるパワーを受け取れること間違いなしの縁起の良さそうな掛け軸でした。
尾崎一雄宛のはがきが展示されており「三鷹の家が爆弾で壊され、甲府の妻の実家に逃げたらこっちも焼夷弾で丸焼けになっていて、仕方なく青森にいる」という旨のことが書かれていた。生々しさや痛々しさが伝わってくる。
そんな中で原稿が間に合いそうにないと謝罪の言葉を書く太宰。今の感覚からすれば、原稿なんていいからとにかく身を守って!と言いたくなるところですが、戦時中であってもそれをものともしないほどの執筆に対する執念が当時の方々にはあったのでしょうか。どんな環境下であっても、筆だけは失われないという文豪の強い気概が感じられるような気がした。
太宰治が「人喰い川」と呼んだ玉川上水。
川幅は狭いが、ひどく深く流れの力も強い、と『乞食学生』に書いたそうで、そんな玉川上水で太宰治は入水自殺を遂げる。
文ストの1話が「人喰い虎」と呼ばれた乞食の少年を題材にしていたのは、もしかしたらこのあたりとも繋がりがあるのかも。要調査。
あとね、グッドバイの直筆原稿も置いてありましてね。「グッド」と「バイ」の間にある・(ポチ)の存在感がやたらめったら気になりました。このポチに込められた意味…太宰先生が書いたポチ…注目しちゃう。
朝日新聞6月16日の記事もありましてね。入水自殺直後の新聞記事なんですが、「書けなくなった」「悩んでいた」という報道の言葉がありました。
報道というのはやっぱりリアリティを感じられますよね…当時の人々の驚きと悲しみまでもが一緒になってもわもわと伝わってくる気がしました。
<坂口安吾>
大好きな安吾先生。展示の中でも大胆な色紙が目立つ~!
「あちらこちら命がけ」と力強く書かれた色紙がおいてあって、本当に坂口安吾のすべてを表しているような感じがする色紙でした。
「薬物乱用と過度の飲酒で心身を極限まで追い詰めながら書く」のが安吾のスタイルだと展示では紹介されていましたが、どこかダダイズムや詩人を想起させるものがあるなあと。破滅的な生き方をしたり、堕落したり、そういう方向の限界値まで進んだ先に、見えてくる人間の形っていうのがあるのでしょうかね。
おもしろかったのは、坂口安吾から尾崎一雄宛の手紙でして。
「吐血をしたんだけど、近くに名医がいなくて、紹介された小児科の先生にかかったら処方された薬のビンが小児科サイズで、飲むときにどうしても間違えちゃってうんにゃら」という話が破茶滅茶に面白くてですね。肩を震わせながら笑いを堪えるはめになって大変だった。恥ずかしかった。
安吾先生の書くギャグが本当にセンス良すぎて、安吾作品読む時は十中八九笑っている気がする。『不良少年とキリスト』の歯が痛かったときの奥様とのやりとりも死ぬほど面白くて死ぬほど笑った記憶があります。
こういう日常的なことを取り上げて最高におもしろいギャグにしていくの、現代の漫画家みたいなとこあるなあと思ってしまった。
<島尾敏雄>
文ストに登場しない文豪についてはそんなに詳しくないので、島尾敏雄は初めて名前を知ったかもしれない。展示を見るかぎり、敗戦後の日常について書いた作家という感じでしょうか。
特攻隊の隊長をしていた島尾は、戦場での華麗なる死を待っていたけれど、不運なことに戦場では死ねず、敗戦を迎えて日常へ叩き出される。あるべきではなかったはずの日常と向き合わざるを得なくなった苦悩みたいなものが描き出されているのかな?何も調べずに書いているので、あやしいです。
精神病を患った妻との真実の夫婦愛を描いた作家という印象も強く受けた。夫の不倫がきっかけで妻が狂気に陥り精神を患う話らしいのですが、妻や家族との間にその後どんな関係性を見出していくのか、ちょっと興味あります。
<大岡昇平>
こちらはお名前は知ってますが、あまり詳しくは存じ上げず。
展示を見た限りでは「戦争」という印象がとても強い作家でした。
戦場での兵士の無意味な死について描いたり、敗走兵の極限状態の意識を描いたりと、戦地の人間の非常事態の心理を描いた作家のような感じでしょうか。
大岡昇平自身が35歳で一兵卒としてフィリピンに赴き、米軍の捕虜となったり死の淵を彷徨ったり、そういう極限状態を体験したようで、その実体験から描き出されている文学のようです。
「再現することが、戦って死んだ霊たちを慰めるものだ」という『レイテ戦記』の一文は印象的で、忘れないで描き出して残すことの重みと意味の大きさが感じられてよかったなあと思います。
<安部公房>
きーたー!!私の今回の一番のお目当てといってもいい安部公房。
ワープロの人というイメージがあったのだけど、直筆原稿!ある!
整然としている、記号のような字で、これはまぎれもなく安部公房の字だ...すごい...となりました。
原稿用紙って、題名の次に名前を書くじゃないですか。その名前のところに書かれている「安部公房」という字が、もうどうやっても安部公房という文字に見えなくて、これは未来の文字ですかあ!!!と興奮したな。暗号のような記号のような、もう線の連なりなのよ。大興奮。
「満州の荒涼たる砂漠を原風景にもつ作家」ということで。そして『砂の女』は真の自由とはなにかを問いかけた作品ということで。やっぱり誰かさんを想起させるんですよね。
迷いとか迷子とか迷宮とかそういう言葉が解説の中に多かったあたりも、やっぱり文スト向きだと思うんだあ。
『燃え尽きた地図』の直筆原稿の冒頭がね、
なのよ。むちゃくそかっこいい。なんなんだまじでこの人って絶句するほどにかっこいい。都会に住む人は必読。安部公房必読。
「この人の作品、片っ端から全部読みたい!」って思う作家ってそんなにいないんだけど、安部公房の作品は一つ残らず全部読みたい。この2~3年で制覇しようと企んでいます。
安部公房といえば、安部公房スタジオ。『S・カルマ氏の犯罪』がPARCO西武劇場で上演されたころのポスターとおぼしきものが展示されてましてね。無機質な空間の中にラクダがいるんですよ。砂丘と壁が入れ替わって、壁の中にラクダがいるみたいになってるのよ...すごいおしゃれなのよ…
前衛的ってよく表現されるけど、こういうのって何年経っても時代遅れにならずにずっと最先端なのすごいんだよなあ。
今年は安部公房の生誕100周年でもあり、『箱男』の映画が公開される年でもあり、10月にはかなぶんで安部公房展やる年でもあるので、安部公房イヤーとして推せるだけ推していこうと思ってます。
箱根の仕事場の写真も展示されているのだけど、トイレットペーパーの芯でつくった自作のアートオブジェが、シンセサイザーなどの機械に囲まれた中に置いてあってね、とにかく無機質な構造体でうめつくされた仕事場なんですよ。人間の精神から極度に切り離されたような空間なのに、こういう場所でも文学というのは生み出されていくものなのだなあと感嘆しました。
<三島由紀夫>
本名は平岡公威だそうです。し、しらなかった…
弱冠16歳にして『花ざかりの森』を書いたらしい。16歳て…しかも『花ざかりの森』は戦争末期に刊行されたのだけど、当時ちょうど本が不足していたことが奏功して1週間で4000部売れたらしい…ばけもの…
文豪先生の作品を読んでると結構な頻度で出てくるラディゲとコクトー。いまだにどんな人たちがよくわかってないのですが、そんなラディゲを意識して書かれた作品が『盗賊』らしいです。三島の長編処女作。
そして直筆原稿ってやっぱり文豪先生の精神が滲み出ているなあと改めて感じさせる三島由紀夫の字。完全美の追求とはこれのことかあ!と言いたくなるような端正な字でした。
原稿用紙の一文字一文字の枠ってあるじゃないですか。その枠の大きさに対して適切な字の大きさがあるとすれば、三島の字はその適切な大きさの黄金ルートを通っている。
そしてね、間違えたとこ消す時の斜線がね、丁寧なんだこれがまた。
これは貴重だなあと思ったのは、『仮面の告白』の序文原稿があったこと。
出版された仮面の告白には序文は含まれていないけれども、本当は数種類の序文があるらしく、そのうちのひとつが展示されていてね。またまた冒頭から際どいこと書いてるんですよ。これを見た女学生たちは一体どう思うのかね?というようなドギマギするやつなので、大人だけ見てください。
猫が好きだった三島。猫と見つめあってる写真もあって、癒しでした。
それにしても三島の展示、他の人の3倍くらいの量あったよ…
個人的にぐさりと来たのは『豊穣の海 - 春の雪』の直筆原稿。
昨年の暮れにようやく『豊穣の海 - 天人五衰』を読んだんですが、もうズタボロに傷ついちゃってね。三島って、とても鋭利な刃物だと思うんです。しかも裸体にされた上でスパーンと鮮烈に切ってくるんです。もう血も涙も出ないほどに。そんで自分の一番隠したいところを『天人五衰』で丸裸にされて斬られた私はいまもずっとその傷を引きずってるんだけど、そういう精神状態の中で「本多」という文字をご本人の生の字で摂取するのはなかなかグサッときてしんどかった。傷口がひらく。
<澁澤龍彦>
三島との親交が深いしぶたつさん。
幻想的でおしゃれで素敵な本がいっぱい並んでいました。
澁澤といえば古今東西というイメージがあって海外に精通していると思っていたんだけど、どうやらはじめは旅行嫌いだったらしく。だけど一度行ってみたら楽しくなってその後行くようになったという逸話が解説に書かれていて、それとともに澁澤さんのめちゃイケてるイタリア旅行(たぶん)の写真が飾られてます。ほんとにめちゃイケてる。
澁澤さんのご邸宅はドラコニアの部屋みたいに蒐集品で溢れているという認識があり、実際のお部屋の写真もとても素敵だったんだけど、リビングの飾り棚のド真ん中に髑髏置いてあるのやっぱ最強すぎるんだよな。
直筆原稿はとても意外な丸めの字でかわいらしかった。
花から動物から幻想の生き物から人間の生物的なエロスから美術からなにからなにまで詳しい澁澤さん。渋澤さんが知らないことって一体何なんだろう~。
■展示のあとに
ここまで展示を見終わって時計をみたらね、驚きの12:25でした。2時間半経っちゃった…お腹すいちゃった…ということで、このあとの展示(現代の作家パート)はそそくさと切り抜けていきました。
展示室を出たあとに、ワークシートを会計の方に見せると缶バッジと交換してもらえます。
色々なお土産品や書籍などが売っているので、缶バッジもらいがてら物色できます。
そしてすぐそばには…!
「鮨喫茶すすす」の入り口がありますので、すすすと私も吸い込まれていきました。
ここで相互さんとしばしお喋り。横浜の裏話など沢山聞かせてもらって楽しかったです~!
その後は、外国人墓地を散策。ちょうど、一般公開日でしたので500円の募金をさせてもらって中に入りました。
お目当ては…これ!
シドモアさんというアメリカ領事のお墓。『かめれおん日記』に敦がここを訪れる描写があるので、敦の場所として石碑が立っていました。
外国人墓地が、設立秘話の演劇の舞台セットに見えてくる病。
このあたりでタイムリミットになったので、帰路につきました。
展示がとても良かった。
そして横浜の空気感も最高だった。
大満足な小旅行でした~!
おしまい。
これから行かれる方はぜひ楽しんで!
行けない方にはこの記事で少しでも雰囲気を味わって頂けたなら幸いです。
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