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君看よや双眼の色、語らざれば憂いなきに似たり

双眼は二つのまなこという意味です。あの人の眼を見てごらんなさい、いつも静かに微笑んで、つらいとか苦しいとか、こんな目にあったとか、大げさにいろいろ述べたりしない。だけど、そうであればあるほど、その人が心の中に蓄えた憂いというもの、あるいは苦しみや悲しみというものは、こちらにも惻々として伝わってくるではありませんか、と、長ったらしい解釈をすればこういうことになると思います。

【君看よや双眼の色、語らざれば憂いなきに似たり】

この【語らざれば】というところがなんとも、心にじんときます。

私たちはなにか事がありますと大げさにそのことを他人に訴えたり話をきいてもらったり文句を言ったりしますが、本当の人生の悲しみとか苦い記憶とかそういうものを骨の隋までしみるほど、しっかり抱えている人は、そういうことを軽々しく口に出したりはしない。むしろ静かに微笑んで、こちらがいろいろと水を向けてたずねたとしても、「まぁ、いろんなことがありました」ぐらいで、あまり多くを語らない。そういう静かな表情で、微笑んでいるような人の態度にこそ、こちらは【語らざれば】という部分の大きさ深さを感じるものなのではないでしょうか。


五木寛之さん著

「大河の一滴」より

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