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重い千円札。

 去年、立ち食い蕎麦店に勤務していた時にチップをもらいました。チップ文化の外国だったらいざ知らず、ここは日本。しかもポチ袋に千円が入った丁寧なものでした。
 その方は60代くらいでしょうか? 背広を着た、おそらくはサラリーマンで毎朝7時半前後に来られる初老の人でした。特に話をするわけでもないのですが、ある日突然に手渡されたのでした。

 自分ではチップを頂く理由が全くわからなかったので、しばし考えてみることに…。
 立ち食いそば店の常連さんは、ほぼ全てのお客さんが毎日同じものを食べます。顔を見たら食券を頂く前に、ある程度準備をするくらいです。このお客さんは常に「ゲソ天そば」の温かいそばです。
 うーむ、なんでそんなに評価されたのだろうか?

 それでも多少の心当たりはあります。昔と違って最近の立ちそば店は生蕎麦を使ってるところか多くなり、ある意味、茹で方で随分と味に違いが出ると思うのです。
 私が学生だった頃なんて、最初から茹でられた「茹で麺」が業者から納品され、それを店で温め直して提供なんて当たり前だったのでした。そうして安くて早い、普通の着席の蕎麦店と差別化した立ち食いそば文化が成熟していったのだと思っております。
 しかし、現代では多くの店が独自のカラーを出すためや、味を追求して生麺や冷凍麺を使用しているお店が殆どです。
 茹でおき麺は温めるだけですが、生麺は多少手間がかかります。ご家庭で乾麺を使用してもおいしく出来ますのでご説明しましょう。
 まずは適切な茹で時間で蕎麦を茹でます、茹で上がったら水でぬめりや粗熱を取り、氷を張ったシンク(店によってはチラーシンクという冷却装置が内臓されてるものもある)で麺を締めて、冷たい蕎麦ならそのまま、温かい蕎麦ですともう一度サッと温めてから提供します。家庭ではボウルに氷水用意して代用できます。要は冷たく冷えて蕎麦が締まれば良いのです。
 しかし、氷水で蕎麦を締める時は手が冷たさで痛くなるほどきちんと冷やさないとちゃんとは締まりません。他のスタッフの仕事を見ていると工程としてやってはいるが、きちんと締めてはいないのです。もちろん、社長や会長、在籍の長いスタッフはちゃんとしてますが、外国籍の方や、少なくとも私が一緒に働いていた日本人の同僚は仕事が甘かったです。
 意見しようかとも思ってましたが、私は後から入ったアルバイトだったので波風を立てないことにしてしまったのです。
 しかしながら、自分がやってる時はせめてしっかりと美味しい蕎麦を提供しようと、いくら忙しい時でも、逆に忙しい時こそ気を引き締めてやってました。なぜなら立ち食い蕎麦が好きで働き始めたからです。
 おそらくその姿勢と味がそのお客さんに伝わったのではないかと考えてます。
 そのチップは今でも使わずに大事に保管してあります。とにかく非常にありがたく、嬉しい出来事だったのでした。

 ちなみに私は、やわやわの茹で麺温め直しの昔ながらの立ち蕎麦も大好きです。

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