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教育

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私のこれまでの教育の歩み
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#主体性を育てる

なんで、人は生きるの?

突然、一年生の子供にそう聞かれて、私はあんぐり口を開けた 。その状況は、かつて同僚が置かれた状況に似ていた 。それは、道徳の公開授業での出来事だった 。同僚が「それでは、これから道徳の授業を始めます。」と言った時、教育委員会の指導者がその教室に入ってきた。 まだ、発問もしていないのに、即座に一人の子が手をあげた。 「先生!道徳って、何ですか?」その予想だにしなかった1年生の質問に、その同僚は狼狽し、その答えに窮した 。私は、その話を同情をもって聞いた。こうした概念を1年生の

主体性を言う前に

教師は、子どもの反応を予想し、楽しい授業を夢見るが、しばしば子供の反応に裏切られ散々な目にあうことがある。感動する場面について言えば、教師が感動するだろう、と予想していたところで子供が感動しない、ということはよくあることである。 もし、それで子供を責めることがあったなら、それは、本末転倒と言わざるを得ない 。なぜなら、人は自分が良いと思うもの、価値があると認めるもの、にしか感動しないからであり、その価値観は成就感を味わうという前提なしには得られないからである。 そうした本末