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兵形象水2「麒麟も老いては駑馬に劣る・1」

 何について書くべきか考えているところで、ちょうどこのニュースが報じられました。朗報です。

「Colabo」VS「暇空茜」の名誉毀損訴訟、暇空氏に220万円賠償命令…東京地裁|弁護士ドットコムニュース https://www.bengo4.com/c_18/n_17767/

 このニュースをよみ、ある絶縁した元友人のことを考えていました。

 ここ数年、「絶縁元友人」が「三人衆」や「四天王」どころか「八部衆」を作れそうだと思っていまして。「十六将」や「二十四将」まで到達されたらどうするのかと悩んでいるところなのですが。
 せめて二桁超えて欲しくないがゆえに、傾向と対策を練ろうと思います。しかし正直にいえば手遅れでしょう。

なぜ、薄弱な根拠であなたは判断するのですか?

 その一人は、この暇空騒動が躓きの契機でした。

 それはちょうど二年ほど前のこと。仁藤氏に対する誹謗中傷がSNSで盛り上がっていたころのことでした。
 その経緯を知っていた自分としては、仁藤氏の味方をする選択肢しかないと思っていました。
 理由をまとめましょう。

 仁藤氏には義がある。困窮する少女を救うなんて、なかなかできることじゃない。活動に多少の瑕疵があろうと、大義を鑑みれば見逃すべきである
 仁藤氏は若いうえに女性だ。年下のもの粗探しをして叩くのは、道理に悖る恥ずかしい行為である。女性はより叩かれやすいのことも、十分わかっている。多少の問題は大目に見るべきだろう。
 誹謗中傷側の理論があまりに雑だ。どうしてこんなものが信じられるのだろうか?
 そもそも誹謗中傷側は烏合の衆だ。祭りを楽しむ感覚で誹謗中傷をしている。
既に、同じ経緯で叩かれる経緯で居酒屋店主が甚大な被害を受けている。ここで誹謗中傷側に加担するのはただのいじめだ。

 仁藤氏を叩くことには断じて乗っかれないと思っていたのです。
 それなのに、相手は「でもさぁ〜、叩かれる側にも理由があるじゃない?」みたいなことを言ってきて、心がささくれました。
 いわゆる暇アノンでもないし、ちょっとバズったネタを「中立的に俯瞰する普通の日本人」しぐさだったのだろうとは思いますが。
 しかし、そんなものでも仁藤氏に投げつける小石のひとつにはなる。私はそれが嫌でした。仁藤氏なり、彼女が庇護する人に被害が及んだら、その加害者に友人も含まれてしまう。友が悪事を為そうとしたら、止めるのが友情では?(と、私は思うけれども、どうやら多数派でもないらしい)

 なのに、相手は通じず、ずっと「でもさぁ〜ww」というノリでして。
 もう、相手のメッセージを見るのが嫌になり、スマートフォンにさわれないほどでした。それこそ仁藤氏が受ける加害に比べたら何ほどのことかと思う。とはいえ、長い付き合いのある相手が、友人だと思う相手が、こういうことを言い出すとは信じたくなかった。
 相手は私を説得したいのか、こちらにマウントを取られたと思ったのか。反論「ソース」を送ってきます。それも真偽のほどがあやしいネットでバズったインフルエンサーのものです。ソースにもミソジニーが含まれていて、その毒にこちらはまたも憂鬱になりました。
 こんな根拠の薄い情報を縦に、義侠心あふれる仁藤氏を叩くとは。この人には善悪正邪を見抜く目すらないのだろうか?
 この人って、こういう性質だったっけ?
 相手が若ければまだよかった。
 相手は私よりかなり年上です。
 この時点で、相手への信頼に大きなヒビが入りました。

次に、このニュースが決定打となりました。

車いす利用者の要望は「正当な主張」か「不当なクレーム」か…イオンシネマの「謝罪騒動」で見過ごされた重大論点 「どちらが善で悪か」という議論に意味はない #プレジデントオンライン https://president.jp/articles/-/79827

この車椅子女性へのバッシングがあまりにひどいと、ひどいバッシング投稿を送り相手に送り嘆きました。この時点で、私は甘かったと思います。相手の良心を期待しすぎました。

すると相手は、トーンポリシングを始め、「車椅子のその人も悪いし〜w」とやり始めました。しかも、理論展開が幼稚です。
思いやり=人権を結びつけるような、お粗末なものでした。これを語る相手が小学生ならば、間違った人権教育を受けてしまった子、通俗道徳の奴隷だと思ったことでしょう。
しかし、繰り返しますが、相手は私より年上です。
私は車椅子利用者が日頃どれだけ縮こまって生きていけと、圧力にさらされるか、自分なりに知っています。
だからもういろいろと信じられませんでした。
相手は自分の親が晩年車椅子だったから、気遣っていたともいいます。そうはいっても、最晩年の短期間車椅子であることと、若いころから車椅子であることはまた違う。
それは大変だっただろうとは思います。とはいえ、その経験から導き出される結論が、通俗道徳でしかないことに愕然としました。
反論の材料の根拠が、つくづく弱いのはなぜなのか!

私は相手がどうかしたのかと思うばかりでした。
自分の娘くらいの年齢の女性に、トーンポリシングをして、冷笑ぽく過度のお行儀の良さを求める相手に不信感を抱きました。
若い頃の相手を知っている。そういう若い女にケチつける年上の連中が嫌だと、さんざん酒飲んで語り合ってきたのに、どうしてそこへ向かうのか?

とはいえ、怒ってもエネルギーの無駄なので、相手の意見の根拠を問い直しました。
ついでにいえば仁藤氏侮辱の件といい、なぜこうなのか、流石に見苦しいのではないか、と言いました。
根拠が弱い理念に耐えきれない、私の悪癖全開ではあったのですが。

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