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桜は散っても

今日は何だか視界が明るいな。
と感じるのは、真冬に雪が積もった日と桜の花びらが地面に散りばめられている日だ。

普段人間は前か下を見て歩いているので、地面からの照り返しに敏感だ。
雨に濡れた桜の花びらが「私を見て」と息絶え絶えに叫んでいる。
散ってもなおその色は鮮やかだ。

スマホの連絡先にいつも気になっていた人の名前をなんとなく見つめていた。これで何度目だろう。

この人は仮母が死んだ事を知っているのだろうか。

あの人が姉のように慕っていた遠い親戚の80代の女性。
仮母のかつて実家があった地域にその人は住んでいて、よく連絡をとっていたようだ。
亡くなった日に連絡をしようとしたのだが、猛毒弟にお母さんのスマホを貸してと言われ、私はてっきりその人に連絡してくれたものだと思っていた。
彼もその女性と面識があったからだ。

彼は母親とのLINEのトークルームを削除しただけだった。

嫁も子もいる40代の男がただ、それだけだった。
今思い出しても笑える。

その後、自分が何人にどうやって訃報を知らせたか全く記憶に無いくらいの時間が過ぎた。
その後もどうでもいいトラブルが続き月日は流れてしまい、私はすっかりその女性の事を忘れてしまっていた。
そして今回また彼女の名前と似た苗字の友人がいるので、たまたま目に止まったのだ。

そういえば仮母のスマホを何ヶ月か契約したままだったが、この人から一度も着信が無かった…
ということは、亡くなったのを知ってはいたけれどもうお付き合いが無いから連絡も無かったのかな…
あの息子が伝えたとしたならば。
と思い込んでしまっていた。

そうじゃなかったとしても
今更連絡してもこちらもどう伝えれば良いのか。
あまりにも時間が経ち過ぎた。後悔の念が湧き出てくる。

今回、彼女にどうしても聞きたい事があった。
それは、唯一私に優しかった祖父のお墓は現在どうなっているのかだ。
8年程前にお墓参りをして以来私はそこに訪れていない。

「もうあのお墓は無いと思う。お母さんが永代供養にすると言ってたから」
仮母の葬儀の後、猛毒兄弟2人から聞かされていた。

本当にもうあの場所には無いのだろうか…
その話が事実ならお寺の名前だけでも教えてもらおう。
と。

迷惑だと思われたらどうしよう…と思いながら緊張したまま番号をタップした。
向こうは知らない番号なのでやはり出ず。留守録に名前と用件を残した。
するとすぐに折り返しの電話が鳴った。

私の事を覚えていてくれ、何かあったのかと焦った声で聞いてきた。

しまった…
やはり知らせてなかったのか…あのアホボっ…

もう、何を伝えようとしても私は淡々と話すしかない。
少々無機的で他人行儀に思われたかもしれないが、それもしょうがない。
彼女と話すのは20年振りくらいだ。
まず、すぐに連絡できてなかった事を伝え心からお詫びした。

世の中はコロナコロナで世界が怯えていた頃だ。
ワクチンもまだ1回目接種したかしてないかの時期だった。
自分は県外で遠いし、高齢で駆けつける事は出来なかったと思うが、本当に本当に大変だったね…よく知らせてくれた、ありがとうありがとうと涙声で労ってくれた。

そして本題に入る。

「ええ!?!
そんな事あるわけが無い!!!!
何の根拠でそんな事をあなたに言ったの?!何言ってんだ2人は!お墓はちゃんとあるよ!半年に一度は私も行ってるよ。私は何度もお母さんと会っているけど永代供養なんて相談は受けた事も無いわよ!」

ちなみにお墓は彼女の自宅からそう遠くはない。

自らも好きで社交ダンスの指導をしているという80代の元気な女性が突然怒りまくった。

はいやっぱり。まーたあいつらの嘘だったか。というか自分が嘘をついている自覚も無かったんじゃないのか‥?
救いようが無い。

しかしあの猛毒達からの適当な嘘にショックを受けるよりも、彼女の威勢の良い声にビビる自分がいた。

簡単に経緯を話し、かつての兄弟が私に対しておこなった言動等々を聞き、その度に元気なお婆ちゃんは怒りまくっていた。

「何故その時におばちゃんに言わなかったのぉぉぉおおお!よく我慢したねぇええ!」

私は圧倒されながら彼女の話を聞くしかなかったのだが…

仮母を筆頭に身内に嘘をつかれ騙されていたのは事実だ。
しかしもう正直そんなことどうでも良かった。

長女というのはこんな迷惑を被るものだ。
次女というのは知恵を上手く使うズル賢いものなのだ。
末っ子は結局ただの甘えん坊になるものだ。おばちゃんは全部分かってるよ、おばちゃんも4人兄弟の長女だから。と、切々と語る彼女の声は、祖父の葬儀以来この人と話したよな…という遠い記憶に心地良く響く。

たった20分程しか話していない。
なのに彼女は全て理解していて、最後にこう言った。

「お母さんは一度突然来て泣きながら話した事があった。弟くんの事で悩んでたみたいね…。急にここまで来て仕事は大丈夫なのか?と聞くと長女がちゃんとやってくれてるから仕事は心配ないと言ってたのよ。」

あんな人間にしたのは私の育て方が間違っていて、甘えた男にしたのは全部私の責任だと悔しそうに泣いていたと。

時期を確認すると、もう他人事だが思い当たる節はあった。
私はずっとあの人の愚痴を嫌というほど聞いてきたからだ。
聞くだけ聞いて
「また始まった。私に言ってもしょうがないだろ」
と心の中で呟き
その内ボンクラの話など聞きたくなかったので、自然と耳を傾けることが少なくなっていた。

「お母さんはおばちゃんには心を開いてくれてたからね」

そうやって突然遠方にある彼女の家に行き、恥ずかしくて言えない事を泣きながら吐き出していたという。


……。

水溜まりに浮かぶ桜の花びらを見て、あの人が荼毘に付す際に着ていた着物の柄を思い出す。
まだ騙されていると気付いていなかった私が、1番綺麗で母親に似合う柄だと思い選んだ着物の柄だ。

あの人はまだ、私の話を聞いてくれと誰かに伝えようとしているのか。
私を使って遠方の親類に何を伝えて欲しかったのか。
電話で話した日から色んな事を考えるがもう私には分からない。
ただ、あの場所がまだ存在している事と、これを機にまた連絡ちょうだいねと言ってくれた女性が高齢でもお元気である事に安心した。


もうこれで終わり?

私は耳を傾けてみる。
ただただそこには薄ピンクの花びらが敷き詰められている。
散ってもなお色鮮やかに。

あの花柄模様だけは心に焼き付いて。







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