裁判
アメリカの裁判。陪審員に向かって検事は得意気に言った。
「さて、先程から暴行の容疑を否認している彼ですが、皆様にはこちらをご覧いただきたく思います。」
一台の大きなモニターが運ばれて来る。
「これは犯行現場から15メートルほど離れた雑貨店の店先に設置されている防犯カメラの映像です。」
検事はリモコンをモニターに向ける。ほどなく、ある映像が映し出される。
すぐにざわつき出す陪審員席。少し遅れて傍聴席。モニターがそれほど大きくないので映像を把握するのに時間差があったのだろう。
判事は槌を鳴らすがざわつきは収まらず、ある瞬間誰かがプッと吹き出すと、それを嚆矢に陪審員席と傍聴席は爆笑の渦に巻き込まれる。
「静粛に!」
判事の槌の音は笑い声にかき消され、先程までの厳粛なムードはもはや取り返せなくなってしまった。
映像は流れ続けている。ある男が女性を暴行しているほんの2,3メートル横で激しい交尾に耽る犬の映像が。
だが容疑者には言うべきことがあった。隣に座っている弁護士を見たが、あろうことか弁護士はうつ向き肩を揺らして笑っている。仕方ない、ここは自分で言うしかない。
「裁判長、あそこに映っている男は私ではありません」
「今そんなことどうでもええわ!」
裁判長の怒りにも似たツッコミで法廷の笑い声はピークに達し、一時休廷を余儀なくされた。
ところで映像に映っていたのは事実容疑者ではなく、彼は無罪を勝ち取った。映像を証拠として提出した検事は生涯に残る汚点を残したかに思えたが、今では自らこの話をして仲間の笑を取るまでになっている。
後日、容疑者だった男は犬を本尊とする宗教を開き、「あいつ、やっぱやってたんじゃないか」と囁かれているが、「容疑者になる前からこの宗教は開こうと思っていた」の一点張りで真実は藪の中である。
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