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【ショートショート】 嘘つき

「この中に一人、嘘つきがおります」
「え?誰?」
「ドキッ」
「誰かな」
「誰だべさ」
「どいつだ?」
「今、ドキッと言った人があやしいですね」
「ドキッ!ドキドキ」
「ドキッと言った人、手を挙げて前に出てください」
「いませんか?」
「わしじゃない」「あたしじゃない」「わしは違う」
「いっぺんに言わないでください」
「否定する」「失敬な!」「ふざけんじゃないよ」
「だから、同時に話さないでください」
「ごめんなさい」「すまんな」「申し訳ない」
「だからもう!」
「とぼけることも、嘘つきになりますでしょうか?」
「良い質問ですね。はい、嘘つきになります」
「なるほど、わかりました」
「あなたが、とぼけた、つまり嘘をついたのですか?」
「いいえ。一般論の確認ですの」
「慎重なんですね」
「しかし、ドキッとしただけで疑われるなんて。まあ疑わしきは罰せずが司法の基本だけどね」
「何も罰しようとしたわけじゃないんです。嘘つきがいる、と皆んなに周知できれば、それだけでいいんです」
「気をつけろ、ということ?」
「はい、嘘つきは危険ですから」
「でもさ、結局どんな嘘をついたの?」
「実に良い質問です」
「お前、知ってるか?」
「知らない」「さあ?」「✖️」「存じ上げません」
「そもそも、嘘つかれたことに誰も気づいてない」
「嘘というのは知らない間に蝕んでゆくものなんです」
「嘘が発覚した頃には、もはや手遅れか」
「僕たち、どんな嘘をつかれているんだろう?」
「嘘には、良い嘘と悪い嘘があるんだ」
「いや、どんな嘘もついちゃダメだよ」
「申し訳ありません」
「どうしたの?急に涙ぐんじゃって」
「これ以上は良心の呵責に堪えかねます」
「しっかり!」「がんばれ」「ふぁいと」
「実はこの中に一人、嘘つきがいると言ったのは、嘘なんです」
「そうなの?」「まさか」「こりゃ驚いた」「はあ?」
「大変、申し訳なく思っております」
「謝る必要なんてないだろ」
「と、言いますと?」
「だって、あんたは本当のことしか言ってないだろ。あんた自身が嘘つきなんだから」
「とぼけてるのは、あんただよ」
「左様でございます」
「それにしても、ドキッて言ったの誰なんだ」
「紛らわしいにも程がある」
「で、結局、どんな嘘をついたの?」
「皆さんが当たり前に信じていることが、実は全てフィクションだとしたら」
「なんだそりゃ」
「この世が全て嘘によって出来ているのだとしたら」
「急に壮大な話になってきたな」
「私もあなたも、無自覚のうちに嘘つきになってしまうのだとしたら」
「て、ことはみんな嘘つきってこと?」
「いえ、自覚した者だけが嘘つきなのだと思います」
「で、何が言いたいわけ?」
「いいえ、やはり、知らぬが仏ということなのでしょう。知らないまま生きて死んでゆく人生こそが素晴らしい」

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