見出し画像

『非往復書簡』#5 (※※※→寝袋男)


親愛なる寝袋男さま


  胡蝶の夢、という説話がございますよね。
  蝶になった夢を見た荘子が、果たして自分は本当に蝶の夢を見たのか、夢の中の蝶こそが自分で、蝶が自分の夢を見ているのではないか、という無限回廊のような説話。
  荘子の思想が色濃く現れたものであり、その一種ロマンチックな光景は、後の世の創作家達がこぞって題材にしたものです。

  鳩を食い尽くし、鳥葬から見限られた私は、どうやら狡猾で忌々しい脳髄に囚われてしまっております。
  脳硬膜から脳髄が離れてしまい、リンパ液の中でプカプカしているような感覚で、まるで、ゆらゆらフラフラと波間を漂っているかのよう。そのせいか、私の中にはおかしな考えばかりが浮かぶのです。

  相手の肉を食しその力を得る、という風習は、世界各国にあったようです。また、食べちゃいたいぐらい可愛い、などと、対象への著しい興味を示す言葉もあります。
  ならば私は、見限られた鳥葬の御使いを弔うと同時に、その鳩であるという事でしょう。

  私は鳩を、食べたのですから。

  また一般に、性的対象と性行為に及んだ表現を『食う/食った』とする事もございますよね。
  この事が、相手の肉を食べる=相手の力を得る、からの発露だとしたら、互いの皮膚すらもどかしい程繋がる事を目的とした表現が『食う/食った』になるのも、頷けるというもの。

(手紙はここで途切れ、結びの言葉も差出人名も添えられてはいない)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?