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『合成するミライ』という楽曲について

 綺麗事を言わずに綺麗な世界を描きたかった。それが全ての原動力で、ボカコレというイベントへ挑むに相応しい作品にするにはそれしかないと考えていました。この作品には明るい未来も、魔法のような奇跡もありません。楽曲のヒロインであるミキと、ミクは最後まで出会わないまま物語は終わりを迎えます。

 ミクが最後に見た景色は一面海に囲まれ、ひまわり畑は全て沈没し、背後には赤黒い星が不吉に映り込みます。そしてこれらのことは現実の私達にとって全く他人事ではありません。今ボカロを聞いているような若い世代はそのことに自覚的ですね。幼い頃から世界は緩やかに終わりに向かっていることを認識し、それでも前を向くことをを余儀なくされている世代、そんな彼らのためにこの作品は存在しています。
 しかし世界の抱える問題を全て解決してしまおう、というわけではありません。それこそがこの作品で最も避けるべき綺麗事です。もちろんそういった方向性の作品を批判する意図もないし、否定もしていません。むしろ私がこれまで作ってきた作品の多くは現実逃避の作品で、どちらかといえばそちら側の人間です。それゆえの思いが1番サビから2番のCメロ部分の歌詞に書かれています。しかしボカコレというイベントにおいてだけは、本当に最後綺麗事に逃げることはできないと考えてしまったのです。もし綺麗事で塗り固めた作品を投稿して、その作品が評価されなかったとしたら、まるで創作が数字という現実に敗北したようであまりに救いがない。だから私は作品の中で未来に希望を持たせることはできませんでした。それに、ボカコレはみんながみんなハッピーエンドで終わるイベントではないのです。たまたま自分は今回かなり多くの人に見ていただいていますが、その裏で数えきれない苦しみや悲しみがあります。2年前は自分もその一人でした(なんなら今回だってただのまぐれです)しかしそのような混沌の最中であろうと、創作を続ける理由は確かに存在します。理不尽を描くのも、その中で筆を取る力を描くためです。

 今作のMVでは理不尽を体現するべく極端な現実を描きました。世界の抱える問題が、もう後戻りのできないところまで進行してしまった終わりの世界です。もっとも現時点で私達が後戻りのできる位置にいるかは甚だ疑問ですが。作品の中に出てくる異様な建物はその元凶です。

 これは原子力発電所です。この世界では地上はすでに放射能に汚染され始めており、多くの人類がシェルターに避難しているような想定で物語を書き進めました。といっても安全な場所で生活を行っているのは一部の富裕層のみで、ヒロインのミキは植物に侵食されきったボロボロの集合住宅に住んでいます。

 ミキが一目惚れしたひまわり畑というのも、原子力発電所が関係しています。一説によると、ひまわりには汚染された大地から放射性物質を取り除く効果があると言われています。しかしこれには否定的な意見や、実際に効果はないという実験結果も出ており、あくまで自分が調べた範囲では迷信の域を出ないような印象を受けました。しかしこの世界においてはそのような不確かな可能性でも試すしかなかった、それほどに人類は窮地に立たされていました。

 ミクの沈むこの穴は原子炉の冷却装置をイメージして描いています。

 MVの世界観について軽く説明したところで、世界とミキと初音ミクとの関係性の話を最後に。ミキとミクは最後まで出会うことはありません。彼女らの間には多大な時間の距離があるためです。放射性物質の種類によって異なりますが、高レベル廃棄物は1000年ほど経てばおよそ99%の放射能はなくなるといわれています。しかし完全な安全保証には数万年ほどと最早想像のつかないほどの時間が必要になります。しかしこれもまた人類の創造の結果。輝かしいものも功績も、覆い隠したくなるような悲劇も全てシステマチックに合成され、出力されたものが未来です。そんな中で一つイレギュラーな希望を見いだせるとしたら、それは創作の中にあると私は考えています。誰かの創作じゃなく、あなた自身の創作の中に。ボーカロイドという文化を好きになってしまった以上、私にはまだ方法がそれしか見つからないです。

 もしあなたが作品を作り、発表することに不安を抱えているならば、ボーカロイドに手伝ってもらいましょう。そもそも彼らはそのために存在しているのだから。彼らが無機質でデジタルな存在だとしても、私達の背中を押すために生まれてきたことは変わらないのだから。

 そのような思いを込めて、MVの最後、『合成するミライ』のタイトルとクレジットが映るシーンにてミキの髪に初音ミクの髪飾りをつけました。このタイトルにはボーカロイドという存在とともに歩む、彼らを合成するという2つ目の意味も含まれています。

 もし彼らを購入するお金を持っていなかったとしても、初音ミクV4Xの体験版は無料で入手することができ、一歩を踏み出す勇気さえあれば数十分後には初音ミクがあなたの目の前で歌ってくれるでしょう。他ならないこの作品も初音ミクV4X体験版にて制作されているのだから、大丈夫です。

 最後に歌詞の引用をして、この記事を終わりにします。

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世界の秘密を一つ暴くように
あなたの目から溢れ落ちた涙を拭うの
「ねぇ、やがて命は消えてしまうんだ」
その前にあなたの世界もわたしに見せてよ
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(2024/03/09)エピローグを書きました

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