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ギャンブラーウォーキングザデッド

1:1:1 15分程度 シリアス 流血表現有
 黒星(くろぼし)♂
 紅利(あかり)♀
 天海(あまみ)♂♀(不問)

黒星(M) 僕が、彼女に出会ったのは、深夜の繁華街だった。
 
  
  
黒星(M) 彼女は、少女とも女性ともとれる曖昧な外見で、しかし貫禄すらある落ち着き払った様子で、雀荘の片隅に座っていた。
  
  
  
  
  
  
天海 やぁ、黒星くん。いらっしゃい。また残業かい?

黒星 あ、天海さん。こんばんは。そうなんですよ、毎日嫌になっちゃいますよ。

天海 会社員さんは大変だねぇ。今晩も朝まで打って、仕事行くの?

黒星 いえ、明日は休みなので、好きなだけやっちゃいますよ!

天海 若いっていいねー。ま、今日も頑張って。

黒星 はい。ところで天海さん、あの奥の卓の女の子……大丈夫なんですか?

天海 他人を気に掛けるなんて余裕だね。黒星くんは一体いつからそんなに強くなったんだい。

黒星 す、すみません。でもこんな夜中の……フリー雀荘(じゃんそう)に女の子が一人で居たら誰だって心配しますよ。

天海 確かに、普通はそうだろうね。でもココはいわく付きの雀荘さ。

黒星 いわくつき……?

天海 いや、いいんだ。忘れてくれ。それより、彼女、気になるかい?

黒星 え?あ、はい。僕もここへ通って半年になりますけど、初めて見ました。

天海 そうだね、アカリちゃんは最近来てなかったから。見るのは久しぶりだ。

黒星 アカリ……さん。

天海 黒星くん、飲み物入れて来てあげるから見てきなよ。いつもの、ホットコーヒー、ブラックでいい?

黒星 ありがとうございます。じゃあ、少しだけ。
 
 
 
 
 
 
黒星(M) 入り口付近のカウンターから奥の席へ向かう僕はまだ、自分の世界がいかにちっぽけかなんて、わからなかったんだ。
 
 
 
 
 
 
紅利 いやあ!今日も負けた負けた!笑っちゃうくらい負けたわ!

天海 ほんと、今日もよく負けてたねえ。

黒星 え、天海さん、そこ笑うところなんですか!?
万単位の負けですよ!?しかも朝までぶっ通しで、負け続けて!
そんなに笑えるなんてことあります!?

紅利 あー、おにいさん、あたしのこと知らないんだ。はじめまして、
ココでは「勝ちナシのアカリ」って呼ばれてます。

紅利 今日はもう打てないけど、機会があったら打ちましょう。ヨロシク。

黒星 ご丁寧にどうも……じゃなくて!君、見たところ学生だけど
そんな大金毎回ドブに捨ててるのか!?

紅利 うん。そうだよ。

黒星 そんな、あっさりと……。

紅利 (小声で)ま、フツーの人にはそう見えちゃうんだよね。

黒星 ?

紅利 んじゃ、あたしお腹すいちゃったから、そろそろ帰るよ。

天海 はい、ありがとうございました。またお願いします。

紅利 おにいさんも、次はぜひ、わたしの負けっぷり見てよね!

黒星 いや、今日で充分すぎるほど見させてもらったよ。

黒星 君にギャンブルの才能があるとは思えない。
こんな所に来ないで、真っ当に生きなさい。

紅利 お説教どーも。おにいさんも「黒星」だなんて縁起の悪い名前なんだから、ギャンブルなんてオススメしないよ。

黒星 失礼だな、君よりはずっとマシ……

紅利 はいはい、それじゃあ、またね。

黒星 はぁ……最近の子は全く、って、あれ。なんで―――。

天海 アカリちゃんのカンは、鋭いんだな、これが。
 
 
 
 
 
 
黒星(M) それから、彼女―――アカリさんとは、何度か店で顔を合わせた。決まって話すのは明け方で、彼女はいつも大負けしながら朗らかに笑っていた。

黒星 卓を一緒に囲むこともあったけれど、彼女の負けは揺るがない。

黒星 僕は、そんな彼女が気になって、声を掛けずには居られなくなっていた。
 
 
 
 
 
 
黒星 あの、いつでもいいんで、今度食事に行きませんか?

紅利 はぁ……

黒星 べ、別にやましい気持ちとかじゃなくて、その、なんていうか!

紅利 あたし、生まれて初めてナンパにあったわ……

黒星 だから、ナンパとかそういうんじゃなくて!

紅利 あたしとメシ食いながら酒飲みながら喋りたいってことじゃないの?

黒星 そこは、あってるけども!

紅利 それって世間一般的な「ナンパ」ってやつでしょ?知らんけど。

黒星 知らないのかよ!

紅利 ……いいよ。

黒星 え?

紅利 お誘い。乗ってあげる。

黒星 ……っ、唐突だな……。

紅利 金曜はダメだから、土曜の昼間でもいい?週末の夜は大体用事があるんだ。ごめんね。

黒星 あぁ、うん、わかった。
  
黒星(M) 彼女はいつものように、またね、と声を掛けてするりと店のドアから消えて行った。
 
 
 
 
 
 
紅利 さてと、黒星さん。あたしに何を訊きたいの?
  
黒星(M) 土曜の人もまばらなオフィス街、高層ビルを眺められるマンションの屋上に、僕たちは居た。
  
黒星 気になることはいくつかあるけど、どこまで踏み込んでいいのか、
正直わからないんだ。

紅利 黒星さんは、優しい人だよね。

黒星 え?

紅利 最初に会った時も、あたしのこと、心配してくれた。

黒星 当然だろ!むしろ心配しないのがおかしいくらいで―――

紅利 あたしにとっておかしいのは、黒星さんの方なんだよ。 

黒星 どういう意味だい?

紅利 黒星さん、ここの屋上、何階か数えた?

黒星 急に何を(言い出すんだ)

紅利 (かぶせて)十四階。ねぇ、ここから落ちたらどうなる?

黒星 はあ!?そんなのタダじゃすまない、
っていうかほとんど死ぬんじゃないのか、それ!?

紅利 死なないの。

黒星 ?

紅利 あたしは、死ねなかった。何回飛び降りても。
痛みを感じても。苦しくても。辛くても。

黒星 アカリ…さん?

紅利 何をやってもダメだった。手首も切った。首も吊った。
風呂場で酒飲みまくって泥酔もしたし、ヤバイ薬もガブ飲みした。
でも、全部、全部ダメだった。

黒星 ……。

紅利 自分じゃ死ねないんだよ、あたし。

黒星 だから―――

紅利 だから
 
 
 
 
 
 
紅利 あたしは、裏の世界で殺されようと思った。
 
 
 
 
 
 
天海 はい、コーヒー。お待たせしました。

黒星 ありがとうございます。

天海 ねえ、黒星くん。

黒星 なんでしょう?

天海 アカリちゃんのこと、気になるの?

黒星 ぶっ!(コーヒーを吹き出す)

天海 あはは、そんな悩める若人に一つ、昔話をしてあげよう。

黒星 な、なんですか、そのノリ!?

天海 キミが来る、何年か前にその子はふらっとこの店に入ってきてね。

黒星 ……。

天海 店の説明をしてても、ずっとどこか遠くを見てるみたいな、それこそ死んだ魚のような目をした女の子がいた。その子、一番最初に何て言ったと思う?

黒星 ……わかりません。

天海 「奥の卓、あれがいい。あそこに座らせてください。」って。

黒星 いつもの、あの場所ですか。

天海 前にも言ったけど、ウチはいわくつきでね。その当時、あの場所は一晩でとんでもない金が、時には人の命だって動くようなところだった。

天海 勿論、止めた。一見(いちげん)さんなんてとても入れられるようなもんじゃないし、ましてどうみても学生の、金なんか持ってなさそうな女の子を座らせるなんて、店の信用にも関わるから。でも、彼女、とんでもないこと言ったんだ。

黒星:……なんて?
  
紅利 「大丈夫。すぐに首が飛んで、席が空く。」
  
黒星 っ!?

天海 実際、数分も経たないうちに客同士で揉め始めて、逆上したヤツが持ってた銃で発砲した。

黒星 ま、まさかそんなところに――― 

天海 「オジさん達、人数足りなくて困ってるんでしょ?あたし、入るよ」って。人が頭ぶち抜かれてる真横で、彼女そう言ったんだ。

黒星 どうかしてる……。

天海 そうだね。どうかしてる。でも、どうかしてなけりゃ、
あんなモノは手に入らない。

黒星 あんなモノ?

天海 人を、自分の手を直接下さずに殺すチカラさ。

天海 彼女はその現場にやってきた裏の組織の幹部と繋がりを持って、
代打ち(だいうち)を始めた。

天海 いつどこで何をやってるかは知らない。ただ、風の噂で彼女の生を
知って、それ以上の死を聞いた。

黒星 だ、代打ちってマンガとか、映画の話みたいじゃないですか。とても信じられない。

天海 そうだね。人間は誰だって、自分の知らないことは怖いし、怖いことは知りたくない。当然の感じ方だよ。
  
  
  
  
  
  
紅利 天海さん、やっぱり黒星さんには話してたんだね。

黒星 その未来を視るような言い方、最初もしてたよね。僕は自分の名前を口にした覚えはなかったし、また会うかどうかなんて誰にもわからなかったことなのに。君は当たり前のように言うんだ。

紅利 そんな確実な未来が視えてるわけじゃないの。ただ、あぁ、こうなるんだろうな、って。その的中率が高いだけ。わからないことの方がよっぽど多いよ。

黒星 例えば?

紅利 「自分が死ぬ瞬間」

黒星 っ……!

紅利 ふふっ。やっぱり優しいな、黒星さんは。顔にもすぐ出るし、ほんと、ギャンブル向かないよ。

黒星 ……君が、あの場所で負け続けるのは、罪の意識からなのか?

紅利 わかんない。あたしは負けようと思って席に着いたことは一度もないし、不思議と表では負けちゃうの。このままだと負けちゃうー!って
わかってても、どうしようもないことばっかりで、
結局ずっと負け続けてる。

黒星 じゃあ、なんで。

紅利 さぁ、なんでだろうね。あたしが教えてほしいよ。

黒星 代打ちを辞めようとは……思わないのか。

紅利 思わないし、もう戻れないところまで来てるから、思えない。あたしはたくさん人が死ぬのを見た。そして、それを心から羨ましいと思ってる。

黒星 自分じゃ死ねないから。他人に殺してほしいから。

紅利 そう。

黒星 そんなの間違ってる!君はこんなにも普通の女性だ!わざわざそんな危険なことをしなくたって、もっと、ちゃんと!幸せなことがたくさんあるだろう!

紅利 ないよ。

紅利 しあわせなんて、あたしにはない。

黒星 ある!絶対に!生きてれば必ず良いことはあるんだよ!

紅利 ……。

黒星 アカリさん……

紅利 ありがとう、こんなあたしを見つけてくれて。

黒星 アカリさんっ!

紅利 さよなら、黒星さん。
  
黒星(M) そう言い残して、彼女は屋上の柵から飛び降りた。
  
  
  
  
  
  
黒星(M) 僕は彼女の死体を見れなかった。いや、正確には「見つけられなかった」。

黒星 柵に近づくことも出来なかった僕は、途端に怖くなって、エレベーターを待ちきれずに、裏手にある階段から逃げるようにマンションを後にした。

黒星 間もなくして、僕は転勤が決まり、あの店に行くこともなくなった。

黒星 ふと、彼女のことを思い出す。大負けして朗らかに笑う彼女は、もう僕の中には居なかった。
  
  
  
  
  
  
天海 せっかく、いいお客さんだったのにな。まったく、アカリちゃんは。

紅利 真面目で優しくて、その上おせっかいだなんて、長生きしないよ。

天海 そういう君も、だけどね。

紅利 あたしは違うよ、選んでるんだ。

天海 なにを偉そうなことを……。

紅利 女の子なら誰しも憧れるでしょ?「運命の相手」ってやつにさ。
  
  
  
  
  
  
黒星(M) 今日も彼女は、死を求めて、夜を往く。
  
 【終】

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