幸せの紋様 美しさ、そのすべて

幸福の時間だった。9時過ぎに待ち合わせて電車に乗って、軽く食べてから映画を観て、カラオケに行って少し歩いて、夕食を食べて電車に揺られて帰る。結局手は繋げなかった。それだけの勇気は出なかった。でも相合傘はできた。いや、雨が降っていたので傘を差す必要があったのは言うまでもないが。帰りの電車で寝顔を見れた。

初めて人の歌を聴いて泣いた。すごく美しい、綺麗な歌声で涙が込み上げてきたと思って、気づいたら泣いていた。というかカラオケに行くまでのバスの中でもいきなり泣いている。いくらなんでも私、情緒不安定すぎないか?ちなみに映画でもだいぶ泣いているので昨日だけで3回ほど泣いていることになる。えぇ…

行きの電車では座れなかったけれど、帰りの電車では運良く座れた。相手は1日遊び疲れて眠そうだったし、最寄りに着くまでまだしばらくあったので「起こすから寝てていいよ」とだけ言って寝かせた。まさに特等席だった。たまに寝ながらに体を揺らして鞄を持ち直したりしてる仕草も、横から眺める寝顔も、寝息も、全てが愛おしかった。まじまじと魅入ってしまっていたので、だいぶ気持ち悪かったと思う。
というか、1日の間(映画上映中を除いて)わりとずっと相手の顔を見つめていたので流石に引かれている気がする。キモイな私。うん。

でも時々怖くなる。私めのような人間がこんなにも幸福を享受してしまっていいのか、と。しかし、この問いに対するかなりグッときた答え?アドバイス?をいただいたので記しておきたい。
「幸せはほとんど暴力と一緒で回避できないから受け取ってしまってもいい、苦しみも突然降ってくるけどそれは幸せも同じ」
なるほど。たしかに自らコネコネして幸せになってるとかない気がする。結局は偶然性の重なりというか、「自ずから」巡り合わせて、「自ずから」そうなっていく。私にはそういう視点がなかったのでとても新鮮だった。この場を借りてその方にお礼をしておきます。ありがとうございます。

次は初詣だ。ここで決着をつけたいと思う。いや、つける。マジで。とりあえず予定を練ったりして、相手が楽しめて思い出になる、そんな日にしたい。
ではまた。

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