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10月 〈ダリアのパレット〉

ダリアの絵をかいたあとのパレットをみたら、色がとてもきれいだった、それで思い出したこと。
むかし、美大受験をめざして入った絵画予備校で、講師に「(絵より)パレットのほうがきれいだね」と、よく言われた。これは生徒の心をへし折るための常套句のようなもので、ぼくだけではなく、誰もがそんな言葉を浴びせられてこの世の終わりのような顔をしていた。「クサるだけクサれ」が講師の口癖だった。受験というのは競争で、バトルロイヤルで、絵画教室とは違う。生徒のいいところを伸ばしても、「受かる」絵でなくては意味がない。クサってから這い上がれないくらいならあきらめてしまったほうがいい。生徒たちもそんなことは承知していた。
ぼくは帰りのバスの中でよく泣いていた。その頃から泣きグセがついてしまった。じぶんでも、描いている絵よりパレットのほうが「作品」に見えてきて、わざとパレットをぐちゃぐちゃに濁らせることもあった。 いま、それまで書きかさねてきた文章などを一気に消してしまうことがあるけど、そういう性格もこのころに醸成されたのかもしれない。
それでも、ぼくは第一志望の大学に合格することができた。うちの予備校は小さなところだったから、倍率の高い大学に現役で合格できたのは18人中ぼくをふくめた2人くらいだった。
さいごに講師に、「お前は教授の言葉に耳を貸さずに、はやく世の中に出ろ」と言ってくれたのが救いだった。

でもやはり、ぼくはそういう性格ではなかった。
大学に入っても同じような日々だった。ある日フレンチトーストの絵を描いて、キャンバスをナイフで切りつけた作品を講評に出したとき、ルーチョ・フォンタナという、同じようにキャンバスにナイフで切り込みを入れる画家のことを知らなかったことを教授にめちゃくちゃ怒られた。それで、そんなことがいろいろあってぼくは現代美術の勉強がしたい、と思い、大学に入って一年で絵を描くことはやめてしまった

いま、描きたい絵を描いていて、少数ながらも、それを気に入ってくれるひともいる。それがどんなに幸せなことか。
でも、あの苦しさがあったから、とは思いたくない。いま頑張れることはいまの成果であって、そういうことまで過去に依拠していたらどこかで足をすくわれてしまう。
いまは、いま関わりのある人への感謝の日々だ。ダリアのパレットを見て、そんなことを考えていたら、すこし勇気が湧いてきた。