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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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2023年1月の記事一覧

ミステリー

 炉に入った彼女の母親、あるいは彼の妻だった遺体は炎によって、肌を焼かれ、肉を削がれ、全てを奪われたあげく、ただの骨になった。  近隣住民から、あの人いつまでも年取らないわよねと羨まれていた美貌も、そんな当人がメイクで必死に隠そうとしていたこめかみのシミも、等しく焼き尽くされ、煙となった。  黒く艶のある石で四角く囲われた台の上には仰向けの状態になった白骨体がある。それを囲む遺族たちは故人を想い、鼻をすすりながら目元を拭っている。  火葬場のスタッフのアナウンスで骨上げが

ソーセージマフィン

 深夜一時過ぎの休憩室で私は食後にプリンを食べていた。  卵の味が濃厚なやつで、いつも買っているものより、色味が濃く、値段も高い。  二四歳の時に上京してきた私は、当時、賃貸管理の会社に勤めていた親戚の叔父さんを頼ってアパートを紹介して貰った。すると叔父さんは、知り合いが店長をやっているからと、雑居ビルの2階に入っている居酒屋のバイトも教えてくれて、私の東京生活はエスカレーターのように自然と始まった。  きっとその時の無知さと、怠惰によって生まれた負債を、私は今も支払わされ続

ニルヴァーナ

「わたしより井上さんの方がこの分野の経験ありますし、これぐらいできますって。よろしくお願いしますね」  彼女はこの日、定時でどうしても帰りたかった。  その理由はマッチングアプリで知り合った男との居酒屋デートだった。  中途採用で入ってきた3歳上の新人との何気ない会話のつもりだった。  3歳上の新人はその1週間後に過重労働を理由に会社をやめた。  部署で開いた送別会で、三歳上の新人はたらふく酒を飲み、串カツを頬張り、よく笑っていた。周りは巻き込まれるように騒ぎだし、縦に長

タイム・ウィル・テル

 マスクをして出掛けることが、すっかり当たり前になった。  政府は屋外であればマスクをとってもいいと言っていたが、街行く人々は今日もマスクをして職場や学校へ向かっている。  テレビコマーシャルでも、ドラマでも、マスクをしている描写が増え続けている。そんな生活様式は今、ニュースタンダードと呼称され、日常として受け入れられ始めている。 「だからトイレは座ってしてって、何回も言ってるよね」  年明け一発目にした妻との口喧嘩を、彼は職場の最寄り駅の改札を抜けながら思い出す。  定

プレイヤー

 街灯の明かりが少しずつ減っていき、交代を告げられた朝焼けが頭上の空に橙と青のグラデーションをつくった。  両手で囲う小さな窓から人々を覗く。  駅の改札から溜息のように吐き出されたた人々はスクランブル交差点で歩行者信号が変わるのを待っていた。 「いい加減プロになりなよ。生徒はあくまで生徒。割り切らないと」  実習の時も、就職面接の時も着続けてきたスーツを纏い、彼女はパンツのポケットに手を突っこんでいる。ジャケットの上にはアイボリーのライトダウンを羽織り、首に巻いたマフラ