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最後に書いてからずいぶん日が経ってしまった
この何週間か忘れたけど
色んなことがあった。
千葉にいた最後の記憶は
とにかく錯乱していて、
かといって他人に迷惑をかけないように
自分なりに試行錯誤した結果
救急搬送され、警察、親、同居人を
巻き込んでいた。
警察の車に乗って家に帰った。
車内では、よくわからない話と
ありふれた元気付けの言葉。
内容は覚えてないが、
結局私は死のうとしないよう、
軽率に救いを求めた結果
逆に他人を巻き込んでしまった
ということだけが現実。そんな空気。
帰ったら同居人は焦っていて
親からは今から迎えに行くとの
メッセージと電話。
大切な人との電話の約束の時間
たかが恋愛だと再認識した。
自分も含め誰しも相手に要求し合う。
人間は矛盾か要求どちらかの言葉で
置き換えられる。
元々なにもかも諦めていたはずなのに
荷造りをしている時、すべての糸が
切れた様な気持ちだった。
結局はここに帰らなきゃいけないのに
実家に少し滞在することに意味を全く見出せなかったのと、何故今更という気持ちで
永遠に泣きながら同居人と楽しい会話をしていた様な気がする。
家族に迷惑はかけたくはないが、
どうせ福島に帰っても
死んでやろうと思っていた。
今私が死んではいけない理由なんて
本当は無い。
これは本当は人間みんなそうだったりして。
ただ輪廻転生も天国も無縁の場所に行くだけ。
実家に帰る前から
壊れた脳を誤魔化そうとお酒をのんでいた。
寝酒以外の目的で自ら進んで飲んでるのは
自分からしたら相当カオスで、昔の自分からしたら考えられない状況だった。
それから私は24時間お酒を飲んだ
何故だか二日酔いにもならなくて、
お酒の飲み方を覚えた気がした。
記憶から書き起こしているから
断片的にしか書けない。
実家に着いたときは本当に無だった。
弟の彼女がいたからダル絡みをしたら
軽めの無視を食らった。
そのあと、弟の友達が来た
小さい頃から知ってはいたけど
ちゃんと話したことは正直なかった。
名前が覚えづらい子も連れてきて
私は酔っていたので快く受け入れた。
話してるうちに外に行くことになった。
心霊スポットだかなんだか色んなところにいった。海でラップバトルをしたり。
馬鹿だあと思いつつ心底楽しかった。
自分の人生で初めての経験だった。
仕事をしているときは
極力友人でさえ会話したく無い、関わりたく無い。この私が、
一人になることが怖かった。
家族でいいじゃんと言われたが
楽しい時もあれば、家族でさえ私の気持ちを汲み取れない時だってある、
正直赤の他人として接しているところもあるのか、あまり安心できないと思った。
本当の赤の他人は
他人に対して言葉を選んで会話をしてくれるから正直そっちの方が楽だった。
私が病気持ちだってことも
腫れ物に触るような感じすら出さず
なかったかのように接してくる。
私はそれが1番楽だった。
治せと強要されてる感じがしなかったからだ。
でもやっぱり一人は寂しい。
というより、今の私に目を背けず自分自身直面してしまうからかもしれない。
今もずっと自分に目を逸らしてる
これじゃまずいと流石に思ってきたので
そろそろ真剣に考えなきゃいけないかもしれない。
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